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「陽花く~ん!」
「…………ッ!!」
声こそ上げなかったが、驚いていることは陽花くんの表情が物語っていた。
あんまりびっくりしたのか、『済 宮内』と癖のある小さな文字でサインされた、大きな段ボール箱を足元に落としてしまっている。申し訳ないことをしてしまった……と反省した。
「ごめん、驚かせちゃったね……、足大丈夫? 怪我してない?」
「いえ……」
陽花くんは中腰になり、右手は作業済み段ボール箱の上に、左手は自分の胸辺りをグーの手で押さえている。その左手の下からは、今にも暴れ出しそうなドクッドクッという鼓動音が、抑えきれずに宙に飛び出ているように感じた。怖がられたくないのに、また怖がらせるような真似をしたと、勝手に落ち込む。
「聞いてよ~、お客さん全然来なくってさ、店長から2人にって頼まれてた仕事、全部やっちゃった、俺」
誤魔化すように口を開く。せっかく落ち着いてきたと思ったのに、陽花くんはまた驚いたような顔をした。
「急に雨が降って来るもんだから、これから閉店まで暇かも……」
今度は複雑そうな顔になった。そんなに短いスパンで表情をころころ変えて、疲れないのだろうか……、いや、陽花くんの場合、意図的なものでは無いみたいだからあまり疲れないんだろうな。
どうやらまだ怖がられているみたいだ。それはそうか、あのほわほわした店長でさえ、陽花くんと打ち解けるのに、かなり苦労した口ぶりだった。笑顔と差し障りのない対応は俺の得意分野だから、第一印象はまあまあだったはずなんだけど……。もしかすると、見た目か……? でも見てくれだけならどう考えても陽花くんのほうがいかついし……。まぁいいか、時間をかけて仲良くなって――いや、駄目だ。今日を逃すともうシフトが一緒になることは無い。どうすれば……。
一瞬で随分と多い考え事をした気がする。
「すみません、ありがとうございます……、あの、今雨降ってるんですか?」
「え? うん、結構……。夕方からは確実に降るだろうって、……もしかして見てない? 天気予報」
陽花くんはギクリとした表情をして、俺から目をそらした。
「……はい、俺テレビ見なくって」
テレビに限らなくとも、今の時代PCやスマホでなんとでもなる気がするが、それは黙っておこう。
今日雨が降ることを知らないということは、傘を持っていないということだ。そういえば、最初俺に話しかけて来た時も、傘も持たず手ぶらだったような……。
「陽花くん、お家どこ? 送ってくよ、濡れちゃうし」
俺は何を言っているのだろう。そもそもここは俺の家から徒歩圏内で、陽花くんもそうとは限らないし、ましてや傘は1つだけだ。ダサいにも程があるだろう。
「……て言っても傘1つで歩くことになるけど」
ギリギリ聞こえるであろう声量で先程の失言に近い言動をカバーする。陽花くんなら引いた時も顔に出るだろうな……、その様子を1人で想像して、勝手に傷ついた。
「え? 大丈夫ですよ。XX駅まで歩いたらそこから電車なので……」
XX駅――、俺の最寄り駅と同じだ。
「いいのいいの! 駅までだけど送る。陽花くん風邪引いちゃうよ」
「でも……」
ここまで来たら羞恥だのプライドだのもうどうだっていい。
こんなに強引で、こんなに必死な自分、俺は知らない。
「それにXX駅、俺ん家の通り道なんだー」
あははと笑い、陽花くんの返答を待つ。
陽花くんは伏し目がちに何やら考え込むと、
「すみません、じゃあ、お願いします」
と言って、勢い良くお辞儀した。
今はどんな顔をしているのだろう……、陽花くんが顔を上げると、一瞬目と目が合う。10センチくらいの身長差は小さいようで大きいらしい。本人はそのつもりは決して無いのだろうが、頑張って俺と視線を交わすために上を向いている様がなんとも可愛らしい。
「……うん!」
俺の返答に間があったことを疑問に思っているのだろう。陽花くんは俺と同じ、二重で三白の目を丸くしてこちらを見ていた。
この子は、次俺にどんな表情を見せてくれるのだろう……。
俺は今、どんな表情をしていたのだろう――……。
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