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未来が部屋に戻ると、青島が台所に立って洗い物をしていた。
「社長、何してるんですか。私がやりますから。」
「玄関は別か。だから鍵が二つあったのか。」
「あいつはよく来るのか?」
「そうですね。でも大学とバイトで忙しいから、たまにですよ。」
「この間みたいに、出掛けたりするのか?」
「あれからは無いです。あれも交換条件みたいなもので、特別な意味はないですよ。」
「社長って、こんなに人のことを気にする人でしたか?」
未来は洗い物を続ける青島の横に立って、不思議そうに見上げた。
「お前のことだから気にしてるんだ。いい加減わかれ。」
青島は洗剤を洗い流しながら、未来の顔の前でその手を広げて、水しぶきを飛ばした。
「何するんですか。だいたい社長が私を好きになるなんて、どうやって信じろって言うんですか。」
未来は青島に背を向けて、濡れた顔を拭きながら言った。
「お前は俺を信頼しているんじゃなかったのか?」
未来は振り返って、青島の大きな背中を見た。
「そうです。信頼してます。その背中をいつも必死で追いかけてきました。会社を辞めた今でも気にかけてくださって、感謝してもしきれないくらいです。」
「そんな俺はお前から見て、いい加減な男か?」
「…いえ。」
「ならどうして信じない。」
青島は蛇口を締めると、未来の方に振り返った。
その眼差しは真っ直ぐ未来に向けられ、とても冗談を言っているような顔には見えない。
「本当なんですか?でも…。」
「いつから?か。意識したのは、お前が倒れた時。」
未来は驚いて、青島を見た。
「だって、創太との仲を取り持ってくれたじゃないですか。」
「道田はいい男だ。年齢も仕事も誠実さも、あいつとならお前も幸せになれるだろうと、今でも思う。」
「最初は気持ちを抑えて、無かったことにしようと思った。お前に辞めると言われた時、正直ホッとしている自分がいたのも事実だ。」
「道田との事は、多少責任を感じてしたことだ。でも気持ちを抑えられず、道田のことを挑発した。
最悪だ。」
これは本当にこの人の口から、発せられている言葉なのだろうか。
未来は半信半疑で青島を見つめた。
「はっきり言ってしまえば、恋人にも甘えることもしないで、大事なことを勝手に決めてしまうような女なんか、可愛げがない上に、男のプライドもへし折るし、最悪だ。」
心当たりがありすぎて、さすがにうなだれる。
「でもお前は俺に、泣いた顔も、怒った顔も、酔っ払ってどうしようもない所も見せた。」
「社長…。」
台所に立ったまま話をしていた青島が、ゆっくりと近づいてきて、未来は思わず後ずさる。
「逃げるな。」
青島は優しく言うと、そのまま動けないでいる未来の髪に、そっと触れた。
「このまま何もしないで、他の男に奪われていくのを見るのは、耐えられない。」
「本気だ。」
まるで雷に打たれたような衝撃で、言葉を返すことも体を動かすことも出来ずに、未来は立ち尽くしていた。
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