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仮面
「あの子って、ほんと良い子よね~」
「そうよね~ 周りの子にもちゃんと気を使ってー
うちの子にも見習って欲しいわ」
「どうやったらあんな子に育ってくれるんでしょうね」
大人たちの声が聞こえてくる。
人は誰だって嫌われたくない。みんなから好かれたい。
僕は自分に自信がない。
だから、自分を偽る。みんなだって自分を偽っている。
僕はそれがちょっと顕著なだけ。
九歳の頃、両親が事故で他界してから身寄りのない僕は施設に預けられた。
周りには、見知らぬ人ばかり。
いきなり多くの知らない人に囲まれた僕はどうにかして居場所を作るしかなかった。
誰にでもいい顔をし、とにかく自分を押し殺す。
そうしていく内に僕の周りには人が溢れ、トモダチもたくさん出来た。
周りの大人たちはそんな僕を良い子だと言う
でも、一年経っても僕はいつも独りだった。
そんな僕の孤独に気づいてくれるのはいつだって園長先生だった。
相手を騙し、自分をも騙し、他人にどう好かれようか考えることに疲れ
広い庭の片隅で座っていると必ず声を掛けてくれる。
「どうしましたか?」
「ちょっと、遊び疲れちゃって
でも、もう大丈夫です!みんなと遊んできますね!」
「少し、私とおしゃべりしていきませんか?」
「・・・いいですよ!」
「つばさくんは、いつもいい子だと先生たちが褒めていましたよ」
「いやー、そんなことないですよ
僕は普通に過ごしているだけです」
「そうですか・・
疲れたら、休憩したっていいんですからね」
「・・・? はい!
あ!園長先生みんなが呼んでるので僕行きますね!」
「はい、いってらっしゃい」
次の日も。
「つばさくん 私とお話しましょう?
つばさくんの好きなものは何ですか?」
次の日も。
「つばさくん、私とテレビでも見ませんか?」
その次の日も、次の日も、そのまた次の日も園長先生は一人でいる僕を捕まえては話し掛けてくる。
そんなやり取りが半年も続いた。
「先生はなんで僕にだけこんなに話しかけてくるんですか?」
僕はずっときになっていた疑問をぶつけてみた。
園長先生は少し考えるそぶりを見せると
「つばさくんが昔の誰かとそっくりだったので」
「そっくり?」
「その子はつばさくんのようにいつもいい子で他の先生方に怒られていると
ころなんて見たことがありませんでした
私も最初はとてもいい子だとしか思っていませんでしたがね
ある日から、いっさい笑わなくなったんですよ
私は心配になってどうしたのか聞いてみたのです
誰かにいじめられたのか、それとも、ご家族がいないことにさみしく思った
のか、ですが彼はこう言ったのです
「自分が誰だかわからなくなった」と。
私は今までこの子が悩み、苦しんでいたこと気づかなかったことが悔しくて
悲しくて。
それから私はその子とたくさん話ました
好きな食べ物は何か、好きな子は出来たか、色々話しました
最初こそは笑ってくれませんでしたが、話していくうちに
だんだんと彼の方から話し掛けてくれるようになりましてね
最後は立派になってこの園から旅立っていきました」
「今、その人って何をしているんですか?」
「つばさくんも知っている人ですよ」
「僕の知っている人?
んー、分からないですー」
「では、ヒントを上げましょう
つばさくんの大好きな人です」
「もしかして、その人って」
「えぇ、つばさくんが好きな映画の主人公役の人です」
「あの人って、ここの園にいたんですか?!
なんか、今この園にいる自分がすごいみたいな感じです!」
大好きな人がいた場所に自分がいることに興奮していると
園長先生が笑いだす。
「やっと、つばさくんの本当の笑顔が見れた気がします」
自分の頬が今までにないぐらい吊り上がっていたことに気づく。
久しぶりに見せた素顔に恥ずかしくなった。
「つばさくんは将来、何になりたいですか?」
「僕は・・・あの人みたいに・・
映画の主役になれるような俳優になりたいです!
でも、僕になれますかね・・」
「きっとなれますよ」
「でも、僕には才能なんて――」
「つばさくんには才能があります
つばさくんは今まで自分じゃない誰かになってきました
周りのお友達も、先生たちも誰もつばさくんが演じていたことに気づかなか
ったでしょう?
もちろん、私だってあの子を見ていなかったら気づかなかったでしょう
つばさくんはそれほど演技の才能があるのです
それにつばさくんはまだ6歳。これからどんどん成長してもっと上手くなり
ますよ。
そしたらあの子よりもたくさん映画に出れるかもですね」
「先生!
僕、ぜったいに俳優になる!
そして、僕が出てる映画を先生に見てもらう!」
「それは楽しみですね」
「先生、必ず見に来てね!」
「はい、もちろんです ゴホォ」
園長先生が急に咳こみ始めた。
「先生、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。しんぱ・・ カハッ」
咳と同時に大量の赤い液体を吐き出す
「先生!先生!」
すぐに、近くにいた先生が救急車を呼び
園長先生は一命を取り留めた。
「先生・・・
大丈夫ですか・・?」
無数の機械に繋がれ、横たわる先生に話掛ける。
無機質に一定鳴る電子音、人工的に行われる呼吸音。
さっきまで、僕と話していた園長先生はもういない。
「・・・つばさくん」
枯れて、やっと絞りだした声が聞こえた。
「先生!」
「私は悪い子ですね、つばさくんとの約束は守れそうにありません」
「先生、だめだよ、約束はちゃんと守らないと・・
だから早く元気になってよ」
「つばさくんは頭のいい子です
私の病気のこと聞いてわかっているはずです」
園長先生は末期のガン。それもかなり重度の。
お医者さんはもう長くないと言っていった。
でも――
「うんうん、お医者さんもきっとよくなるって言ってたよ
だから、早く良くなってまたたくさんお話しようね!
あ、僕、ちょっとトイレに行ってくる」
泣くのを我慢できなくなった僕はその場を立ち去ろうとした。
「つばさくん、今の演技では俳優にはなれませんよ」
園長先生にはお見通しだった。
「だって、やっと・・・楽しいことが見つかって・・・
先生ともっと話したいのに・・・」
もう我慢できなかった。
今まで溜めに溜めた水滴があふれ出す。
「先生、なんで・・・」
「つばさくん、聞いてください
私の机の二段目に手紙と電話番号が書いた紙があります
その電話番号の主には連絡してあるので話を聞いてもらえるはずです」
「先生、それだと先生が死んじゃうみたいだからやめてよ」
「それから、私がいなくなっても元気で過ごしてください」
「先生」
「すぐに素でいろとは言いませんが、素をさらけ出せる人を見つけてください」
「先生・・」
「つばさくんが立派になる姿が見られないのが残念です」
「先生ってば!
なんで、そんなこと言うのさ!
僕はこれからも先生と話したいし、先生と遊びたい。
先生がいなくなっちゃったらまた僕は独りになっちゃうよ」
「つばさくんは演じている自分が嫌いですか?」
「嫌いです
みんなはちゃんと自分を持っているのに
僕は僕がわからない。
僕はいつも僕じゃない誰かになってる
そんな僕が嫌いです」
「私はそんなつばさくんが好きです
何者でもない、ということは裏を返せば何にでもなれるということ
自分のことが分からないということはまだ気づいていない自分が
どこかで眠っているということ
まだ、今は難しいと思いますがいつかきっと自分のことが好きになれるはず
ですよ」
「出来るかな・・・」
「出来ますよ
私が保証しますよ
ゴホッ
つばさくん。そろそろみたいですね」
「嫌だよ、先生、頑張ってよ・・・!」
「つばさくん、私の最後のお願いを聞いてくれますか?」
「うん・・・・」
「ありがとう。
つばさくんが立派になった姿を見れない私に今のつばさくんの最高
の演技を見せて下さい」
「・・・・わかった」
ぐしゃぐしゃになってしまった顔を一生懸命に整える
大丈夫だ。いつもやってきたことじゃないか。
そんな思いとは裏腹に涙は溢れて止まらない。
奥歯を噛みしめ、太ももをつねり
泣かない、トモダチが多い、だれから見ても良い子なつばさを演じる
「先生!今まで僕のことを気にかけてくれてありがとうございました
先生のような人にもなれるような立派な俳優になるから天国でちゃんと
見ていてくださいね!」
「・・・はい、とても・・・とてもいい演技でしたよ。つばさくん」
また僕は嘘をついてしまった。
あの時そこに居たのは何者でもないあるがままのつばさだった。
ほどなくして、園長先生は眠るように亡くなった。
とても幸せに眠っているようにしか見えない最後だった。
お通夜、葬式が淡々と行われ、あっという間に先生は小さな瓶の中に
納められてしまった。
僕にはまだ先生の死が実感できない。
葬式の後、僕は一人で先生の部屋に向かった。
「失礼します」
持ち主のいない部屋に言った。
「これか」
丁寧に糊付けされた白い封筒に「つばさくんへ」と書かれている
中身には
「つばさくん。約束を守れずすみません。
私はもう長くないようです。これからもつばさくんを見守って行きたかった
が出来そうにありません。でも、どうしても力になりたくてある人を紹介
します。
つばさくんが将来立派な俳優になれますように」
僕はさっそく一緒に入れてあった電話番号にかけた
「あの、もしもし」
「もしもし、つばさくんかな」
声の主は僕が憧れていたあの俳優 田高真文さんだった。
「そっか。。。先生はお亡くなりになられたんだね。」
電話越しに鼻をすする音が聞こえる。
しばらくして
「つばさくん、先生から聞いたよ
俳優目指してるんだって?この世界は君が思っているほど甘くないよ?
それでも来るかい?」
今更、そんなことで迷いは生まれない
「はい!」
「そうかい。ならここまでおいで
一緒に演技ろうよ」
――15年後。
「はーい!次のカット行きますー!
では、友井さん、佐々木さんお願いします!」
僕に与えられた役は主人公を導く恩師役。
初めて、田高さんとの共演作。
「行きます! アクション!!」
「どうしたのかな?」
「みんなが僕のことをいじめるんだ」
「それは、嫌なことがあったね
でも、それはみんな君に嫉妬してるんだと思うな」
「嫉妬?」
「君が素晴らしい能力を持った人間であるから
みんな、それが羨ましいんだよ」
「いじめられるなら、僕こんな能力いらない!」
「それは駄目だよ
自分自身に失礼だ
その能力も君を形作るものの一つなんだよ
だから、誇りを持ちなさい
いつかきっと自分が好きになれる日が来るから」
「はい!カット!!お二人とも素晴らしかったです
次は移動でーす!」
ひと仕事終えた僕は楽屋に戻る。
「つばさくん、良い演技だったね」
先に撮影を終えていた田高さんが缶コーヒーを差し入れてくれた。
「いつまで、つばさくんって呼ぶんですか?
もう僕も30手前ですよ?」
「あはは、そうだね佐々木くん
それにしてもとても良い演技だったよ」
「ありがとうございます」
「どこかで、教師役でもやったことあるのかな?」
「昔、身近に偉大な先生がいたので」
「そっか・・・そうだね」
「先生、見てくれていますかね」
「きっと見てくれてるさ」
二人は天井を見上げる。
「すみません!佐々木さん!順番変更で佐々木さんのとこからの撮影になりま
した!」
「そうですか、わかりました
すぐ準備して向かいます。
じゃあ、田高さん行ってきますね」
「あぁ、頑張ってね」
気のせいだろうか、遠くで先生の「頑張ってください」という声が聞こえた。
「先生・・・」
僕はいつもより気合が入り、撮影をために
恩師が褒めてくれた、大好きな仮面を深くかぶった。
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