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あたふたと着替えを始めた私をニコニコ笑いながら、もう東京行きの最終には間に合わないよ、と洋ちゃんが呟いた。
「琴子はのんびり屋さんだなあ」
カチン。食器を荷解きしていた洋ちゃんの手元でタイミングよくそんな音が鳴って、私は立ち上がる。
帰れなくなったピンチの恋人に向かって、何よ無責任なその態度。
ヘラヘラしちゃって。のんびり屋さんなんて、洋ちゃんにだけは言われたくない。
私は読み終わった文庫本を持って、再び部屋を出た。玄関で洋ちゃんが「夜は冷えるから」と渡してくれた薄手のジャケットをひったくるように受け取って、また私は短編堂へ向かったのだった。
「早かったですね。こんなにもすぐに、またご来店いただけるなんて」
また恋人と喧嘩したなんて、口が裂けても言えない。夜のバータイムも見てみたかったの、と適当な言い訳をして取り繕った。
お店に入る前に私の沸騰はもう落ち着いている筈だけれど、でもリタ君はもう見透かしているかもしれない。
「読んだよ。「あと5分待って」」
ちょうど読書用のアームライトが照らす辺りに、借りていた文庫本を置く。
リタ君はその上に手を置き、撫でるように触れてから話し始めた。
「僕は、この物語が好きです。このお話の中の二人の、時間の流れ方が好きです。何かを相手に押し付けようとしない、寄り添う姿がとても素敵だと思った。まるで、短編小説のようで」
胸がちくりと傷んだ。
またやってしまった、と後悔しながらまたこのお店に辿り着いた私に、浅く刺さる言葉だった。
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