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「私、洋ちゃんを思い通りにしたかったのかな。二人で長編小説の伏線を回収する為に、最短距離でその先に近付きたくて」
リタ君が撫でる表紙の指先は、ちょうど題名の辺りに置かれている。あと5分待って。物語の二人は、私にはとても眩しかった。
少しの沈黙の後、5分と待たずに私は零した。
「洋ちゃんのこと、私はどうして待ってあげられないんだろう」
グラスの中の氷が、カランと鳴った。
汗をかき始めたグラスの表面から、水滴が粒になってゆっくり流れ落ちていた。
私の時間の流れ方も、ここにいる間は、ゆっくりと変わっている。
「琴子さん。お話を聞く限り、あなたの恋人の洋ちゃんは、あたたかな短編小説のような方だと思いました。
穏やかで、のんびりとしていて、きっと琴子さんに優しくそっと寄り添っている」
リタ君はレモンを取り出し、カウンターの下でカットを始める。
小皿に盛られていくレモンスライスの果汁が飛び散るのを見ていたら、洋ちゃんの顔を思い出した。
「……そうかな」
「はい。そう思いました。
僕は琴子さんに、こうした方がいい、なんてアドバイスする事はできません。でも、これだけは言える。
琴子さんと洋ちゃんは、きっと大丈夫です」
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