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ごちそうさま。また来ます。リタ君にそう告げ、スツールから降りる。
どうせ今晩は東京に帰れないのだ。早く洋ちゃんの部屋に戻りたい。
洋ちゃんのお話を、今度こそじっくり聞いてあげよう。5分でも10分でも、待って。
そんな事を考えながら、ハンガーに掛けてあった薄手のジャケットを羽織った。
ちゃりん。
「琴子さん、落ちましたよ」
ジャケットのポケットから何か落としてしまったようだ。カウンターから出ていたリタ君が、拾ったそれを私の前に掲げる。
リタ君の青い眼差しと私の視線の間で、それは綺麗な鈴を携えてゆらゆら揺れていた。
「あ、合い鍵!」
部屋の鍵。洋ちゃんの部屋の合い鍵だと、すぐに分かった。
全然可愛らしくない大玉の鈴の横に、『琴子用』と書かれたキーホルダーが下がっている。
ごめん。無責任とか思ってごめんなさい。
洋ちゃん、あなたの描く短編小説はほんとに分かりにくくて、私にはいつも「嬉しい」が少し遅れてやってくるの。
私は毎回5分と待てなくて、きっと損をしているね。
「早く、帰ってあげてください。そして今度はお二人で、お店にいらしてください」
リタ君の言葉に頷きながら、お店を出た。
半地下から地上に上がる階段を駆け上がって、私は駅とは反対方向に夜の坂道を下る。
せっかちな私だ。
5分とかからない。
洋ちゃんに届くまで。
《第一話・短編小説はそっと寄り添う》
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