第一話 短編小説はそっと寄り添う

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   どうしようもないくらいに、酸っぱいものが食べたい。口に入れた途端、脳ミソが煙を出しながら溶けてしまうような、酸っぱいものが。  苛々した時には甘いものを食べて心を落ち着かせる、とか女子は言うものなんだろうけど、今日はそんな気にはなれない。  今は酸味が欲しい。恋人の洋ちゃんへの不満を溶かすほどの酸味が。  引っ越しを終え段ボール箱が山積みになったままの部屋に洋ちゃんを残して、私は部屋を飛び出していた。  「引っ越すアパートから海は近いから」という洋ちゃんの言葉を聞いて買っておいたビーチサンダルだけを段ボール箱から引っ張り出して、それを踏み付けるように歩きながら、私は目新しい街並を駅に向かってずんずん進んで行く。 「洋ちゃんの引っ越しでしょ。どうして私だけが片付けしてんのよ‥‥」  独り言を足元に溢しながら、海とは反対方向の緩い坂道の歩道を登った。交通量はあまり多くない。街路樹の葉は、その色を少しづつ緑から茶色へ変え始めていた。  駅の方から吹く風も弱々しくて、都会とも田舎とも言えない未知の街並が、私の苛々を少しづつ鎮めていく。怒りに任せて歩くような、そんなエネルギッシュな活気はそこには無かった。
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