第二話 名前なんて

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「それでは、紅茶はいかがですか? こちらの琴子さんも、私のレモンティーに魅了されたお一人ですよ。お姉さんも気に入ってくれるといいですけど」  え、私を引き合いに出してる。ここのレモンティーはたしかに美味しいけどさ、リタ君、相手が女性だと節操無さ過ぎ。いきなり「お姉さん」とか呼んでるし。私の時と一緒じゃない。  唐突に話のダシに使われてあたふたと反論する私とそれを軽快にいなすリタ君を笑いながら、女性は口許をおさえて上品に笑った。 「ごめんね、紅茶も少し苦手なの」  そんな言葉を聞いて、私とリタ君は顔を見合わせて頬が緩む。それならば。 「では、短編小説はいかがですか?」  ◇  結局この日、私は久しぶりに夜のバータイムまで短編堂に居座った。洋ちゃんから「残業で帰りが遅くなる」と連絡があったのもひとつの理由ではあるけれど、何よりその「貴婦人」から目が離せなくなったのだ。  リタ君が女性に手渡したのは、ある女子大生と男子中学生の出会いの出来事を描いた、ジャンルとしては「ヒューマンドラマ」と言われる一冊だった。  女性はその短編小説を手に取ると、目を細めてゆっくり読み始めた。一つひとつの描写を咀嚼するように、時には頷きながら文章をなぞる。ページを捲る間隔は長く、ようやく読み終え本を閉じた時、私は女性の目尻から一筋流れ落ちたものに気付いた。 「あら。ごめんなさいね、やだわ、歳をとるとすぐに目が疲れちゃって」
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