第二話 名前なんて

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 リタ君は何も言わず、掌を上に見せて「どうぞ」というようなニュアンスのジェスチャーを見せる。  数杯の水と『ビオトープ』を楽しんで、女性は店を出た。会計をするようなお代は無い。リタくんにお礼の会釈をしながら女性が稲穂鈴の扉を開けると、その先には暗くなった秋の空が見えた。 「いけない! もうこんな時間! 私も帰るねリタ君!」  半分残っていた二杯目のジントニックを急いで飲み干し、慌ただしくスツールを飛び降りる。呆気にとられているリタ君を尻目に、女性に続いて私も店から秋の夜に飛び出した。  ◇ 「あ、あの!」  半地下を上がった先、駅の方面の登り坂を向いていた女性に声を掛ける。 「?」  そっと振り返った「貴婦人」は、声の主が私と気付くとにっこり微笑んだ。 「えと‥‥もしよかったら、飲み直しませんか!? 短編小説の話でもしながらっ!」  また私の悪い癖だ。気になって仕方なくて、頭に血がのぼり後先考えずに行動してしまう。これまで接点も無くて、おそらく初対面の人なのに。でも。 「うふふ。いいですよ。‥‥でも、さっきも言ったけど、私お酒は飲めませんよ?」  しまった。そうだった。  そんな表情で固まった私の手を取って、女性はくつくつと笑いながら私をエスコートする。何気ないそんな仕草に、今日初めて会った人とは思えない安心感を覚えた。彼女の青みがかった瞳も、私はどこかで。
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