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駅まで1ブロック手前の交差点で左に折れ、小さめの公園に入る。ベンチ横の自動販売機でお茶とミネラルウォーターを買って、「貴婦人」は当然のようにお茶の方を私に手渡した。
「おばあさん。違ってたらごめんなさい」
ペットボトルの蓋を開けながら、私は早速核心を突く。予め断っておいたのは、少し気軽なニュアンスを残したかった私の臆病のせいだ。でも、それもきっと彼女にはお見通しなのだろう。ニコニコ微笑みながら、私をそっと見つめている。
「ひょっとして、今日は会いにきたんじゃないですか? ……リタ君に」
身じろぎもせずその言葉を受け止めて、彼女はひとつ深く息をつく。秋らしい落ち着いた風が私達の間を通り抜け、何となく有耶無耶には出来ない空気になった。
「どうかしら」
肯定も否定もしない。つまりそれはそういう事なのだろう。穏やかに微笑んだまま私を見つめる細めた目に、話題の彼への慈しみが見えた気がして、私もつられるように笑ってしまった。
「何か……事情がお有りなんですか?」
素性を明かせない事情が。そんなニュアンスを込めて、曖昧に問い掛けた。言えるところまで答えてくれたらいい。自分が無関係の他人だという後ろめたさから、そんな尋ね方になった。すると「貴婦人」は、頬に垂れたグレーの髪の毛を耳にかけながら、ゆっくりと溢し始めた。どこか穏やかに、まるで孫に自らの昔話を話すような口調で。
「今さら、会いに来た、なんて言えないわ。だって、今日初めて顔を見れたんですもの。名前だって最近ようやく知ったくらいなの」
「……ごめんなさい。よく知らないのに」
「ううん、いいのよ。名前なんか知らなくても、あんなに立派になっててくれたんだもの。こんなに嬉しいことはないわ。私がいなくてもね、男の人って皆ちゃんと一人で歩いていけるものなのね」
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