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そこまで話して、彼女は少し目を伏せた。微笑みは崩していないが、ペットボトルから口に含んだ一口の水をこくんと飲み込んだ時に、滲んでしまった寂しさを同時に腹に落としたように感じた。
「そんなこと、ないっていうか」
しどろもどろになりながら、私はあたふたと言葉を繋ごうとする。リタ君だって、きっと嬉しいのではないだろうか。彼女が自分に会いに来たと知ったなら。どんな関係なのかその名前もよく知らないけれど、多分二人はお互いを知っていていい筈だ。
「琴子さん。今日バーテンさんが貸してくれた本、あったでしょ?」
私の様子に口許を抑えて笑って、彼女はそう話題を変えた。
「とてもいいお話だったわ。あの小説、出会った二人は少しの時間を共有して、最後には素敵な関係が出来上がるんだけどね」
「はい。知ってます。私も読んだ事があります」
「じゃあ、琴子さんはどう思った? あの二人の関係って、恋愛? 友情?」
小説を思い浮かべる。ラストシーンは印象的で、主人公が元カレに話す捨て台詞で、少年との素敵で特別になった関係性を表現していた。
「んー、なんでしょう。恋愛ではないですね。友情に近いかもしれないですけど、ちょっと違う気もします。大切な何かっていうか」
彼女は再び顔を上げると、居住まいを正して私に諭した。
「私もそう思ったわ。お互いに特別に想って、心配して、応援して。人との関係って、その名前なんて、どうでもいい気がしない?」
寂しくない筈はないと思う。きっと、彼女もリタ君に自分のことを言いたい筈だ。でも「自分はそうしない」と、こうして宣言されたのだ。
自分とリタ君の関係性、その名前なんてどうでもよい事なのだ、と。
私はそう解釈した。
「……それにね、聞いたことがあるの。彼ね、小さい頃に学校に行けなくなった事があるって。日本人らしくない顔や眼の色のせいでね」
少し遠い目で秋の夜空を見上げながらそう言う彼女の表情は、すっかり家族を想う人間のそれになっていた。通った鼻筋は、リタ君によく似ている。
「彼、どうして私にあのお話を読ませてくれたのかしらね。勘違いしちゃうわ。まるで私の知らない昔の自分の事を知って欲しかったんじゃないか、なんて」
「そうだったら、いいですね」
気の利いた事を言えない私は、そう言ってから心の中で頭を抱える。まったく、私ったらもう。
彼女はそんな私の肩に手を置いてにこりと笑いかけて、ベンチを立った。駅の方向に向きを変えて歩き出した時、最後のヒントのように私に話してくれた。ペロっとキュートに舌先を出して。
「私も家で、ビオトープやってるのよ。彼のおじいさんにビオトープを教えたのも、私なのよ?」
◇
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