第一話 短編小説はそっと寄り添う

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 三つ年上の洋ちゃんとは、大学のサークルで知り合った。彼の穏やかな性格に惹かれ、夏休み前に恋人になった。  それから約一年。おっとりとしたその性格のせいか、洋ちゃんは卒業しても就職を決められないでいた。  そもそも就活みたいなガツガツとした事が、洋ちゃんには向いていないのだ。不採用の通知が部屋に届く度、「あー、まただめだったかぁ」といつもの長閑な笑顔のまま呟く洋ちゃんを、私は複雑な気持ちで見ていた。  卒業式から半年経った秋の始め、洋ちゃんから「就職が決まった」といきなり打ち明けられた。  のんびりとした口調でのんびりとした様子のままそんな大ニュースを話されて、私は拍子抜けしてしまった。  おめでとうも言えないうちに、就職先が東京から何時間も離れた海の近い地方都市である事を知る。  心の整理もつかずにいたけれど、彼氏の就職を祝える恋人でいようと心を決めて、今日は日帰りで引っ越しの手伝いに来たのだ。  勢いに任せて直進し続けて、とうとう駅に着いてしまった。  冷静になって、建物の窓ガラスに映る自分を見る。適当に後頭部に一つに結えた髪は随分と乱れていて、埃を吸わないようにしていたマスクも少し汚れている。  動きやすそうな長袖Tシャツにジーンズ姿で、段ボール箱を開けるためのハサミをしっかり握り締めていた。
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