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「よかった」
溢れるような安堵の声が聞こえて、私はカウンターの中の店員の顔を見上げた。
微笑みのままカップやグラスを磨く手際はしなやかで、色素の薄い青みがかった目はその手元を見つめている。
こちらを見ずに手を動かしているのは、呆けた顔をしている私を気遣ってのことだろう。
私の視線に気付いて、彼はちらっとこちらに見てから話し始めた。
「お姉さんが、何か悩んでる様子だったから、それで」
そんなに思い悩んだ顔をしていたんだろうか。顔が熱くなる。
それに、呼び方が「お客様」から「お姉さん」に変わって、そのニュアンスにドキッとして、私は恥ずかしくて思わず視線を外した。
容姿から私より少し年下にも見えた雰囲気が、その話し方のせいで更に彼の印象を幼く見せた。
照れて首を竦めたその時、彼の胸のプレートが目に入った。
『 莉太 』
リタ、と読むのだろうか。
ハーフとか、なのかな。
青い目と顔立ちは少し洋風で、話す言葉もちょっとだけたどたどしい気もする。
「どうぞ、リタ と呼んでください。ご新規さん、それも女性は特に大歓迎だ」
また視線で悟られた。
店員、いや、リタ君は微笑みながら、胸のプレートを指でパチンと弾いておどける。その屈託ないフランクさに、思わず小さく吹き出してしまった。
「悪い気はしないけど、店員としてはちょっと節操無いんじゃない?」
「失礼しました。でも良かった、笑ってくれて。少しは気分も紛れたでしょうか」
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