第一話 短編小説はそっと寄り添う

8/16

101人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
 図星。  驚くほどに、気持ちが軽くなった気がする。  それに、初めてのお店にドキドキして、入った時は少し背や肩が張っていたかもしれない。  私のささやかな嫌味も軽くいなされて、「そうだね」と諦めを吐きながら笑った。  少しして、間接照明の色が少し淡くなった。 「ごゆっくり」。私にそう告げて、リタ君が夜のバータイムに備えて準備を始めたようだ。  レモンスライスをもう一枚カップに落としながら、私はその様子をぼんやり眺めた。こんな緩さ、随分と忘れていたような気がする。  二杯目のレモンティーを注文した時、追加のレモンスライスとは別のお皿に添えられキューブ型のチョコレートが、目の前に出された。  ひとつ摘んで味わいながら、カウンターの中のリタ君と言葉を交わす。  このお店のこと、この街のこと、そして、洋ちゃんへの愚痴の数々も。  私の今日の不安の原因が、その恋人との喧嘩という事は極力隠して、茶化した冗談みたいなニュアンスで、いつの間にかリタ君に殆どを話していた。  洋ちゃんへの口汚い文句にさえ、リタ君は嫌な顔せず時には笑いながら相槌を打ってくれた。  そしてリタ君自身について。  新規客のくせに失礼かとも思ったけれど、同年代らしいリタ君の事に興味が湧いた。  それにも彼は手を止めずに、微笑みながら答えてくれた。簡潔に、過不足なく、時にははぐらかして。 「リタ君、ところでさ、このお店どうして『短編堂』っていう名前なの?」  何気なく、店の名前の理由を尋ねた時だった。  リタ君の微笑みが少し増して、私はちょっとたじろぐ。その様子を見てまた少し笑いながら、彼がカウンター下のスイッチをカチッと押した。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

101人が本棚に入れています
本棚に追加