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帰ろう。さっさと帰ってドラマの再放送でも見てすべて忘れよう。今の時間なら現在放送中の『横浜シーサイド物語』には間に合う。主人公と記憶喪失の青年、そしてその元カノを名乗る謎の女性との修羅場がどうなるのか続きが気になっていたのだ。
人気のなくなった教室を出て、野球部が走るグラウンドを横切って学校を後にする。電車や自転車をつかって通学している人も多いが、家と学校がそれなりに近いわたしの通学手段はもっぱら徒歩だ。
入学して二年目。この帰り道もすでに日常の一部の風景だ。バットが白球をとらえる小気味よい音を遠くに聞きながら、いつもと変わらぬ道を歩く。
「……ほんとなら、今頃淳平と一緒だったんだけどな」
歩きながら、本来の予定を思い出して溜息。
そんな独り言を吐きつつ、この乙女チック極まりない自分の様子がとても気持ち悪い。何を言ってるんだわたしは。これも全部淳平のせいだ。滅べ。
『――なあちさ。お前この日ヒマ?』
淳平の一言が脳内で蘇る。楽しみにしていた今日に至るまでのハイライト。
『お前言ってたじゃん。この店行きてーって。なんか友達のコネで予約できたんんだけど、行かねぇ?』
『――行くっ!!』
超人気で連日満員予約待ち必須のもんじゃ屋さん。ずっと行きたかったのだがそれが叶わずいたところ、淳平がそこに予約チケットを持って現れたのだった。
おいしいもんじゃを食べる気満々でお昼を少なくしていたのに。空腹がイライラを促進する。
それにしても、最近の淳平はどこかおかしい気がする。
約束を破るなんて、普段の馬鹿正直なあいつからは考えられないし、最近は授業をさぼる回数も増えているように感じる。朝は普通に元気そうだから、体調不良の線は薄いはずだ。馬鹿なんだから、授業をさぼりすぎるのは感心しない。
だからこそ、ゆっくり面と向かって話せる今日の機会を期待していたのだが……それもお預けである。
「あ――もうっ」
こんな事で頭を悩ますなんて、癪だ。
この落とし前はきっちりつけさせてやる。
「淳平の……馬鹿野郎っ」
苛立ちの矛先はとりあえずそこに転がっていた空き缶に向ける。
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