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常人レベルから少しばかり下がった脚力で蹴り上げた空き缶は、苛立ちというバネのおかげか予想以上に見事な放物線を描いて、予想以上の距離を飛んでいき、カン、と無様な音をたてて制止した。否、ぶつかった。
「やば……」
血の気が引いていく。
あろうことか、通行人に思い切り空き缶を蹴りつけてしまった。
「ごめんなさい!」
前方はきちんと確認してから蹴ったはずだが。当ててしまった事実に変わりはない。こういうときはすぐに謝るのが一番だ。
「……って、あれ?」
怒声が飛んでくることくらいは覚悟していたのだが。それはいつまでたってもやってこない。おそるおそる目を開けると、そこにいたはずの人の姿はない。
「いない……?」
空き缶を当ててしまったのは気のせいだったのだろうか。いや、そんなはずはない。確かにこの目で見たはずだ。
まあ、当ててしまったという事実は大変申し訳ないことなので気のせいであったのならそれはそれで良いのだけれど。
そう思った矢先、わたしの目に飛び込んできたのは予想外の、空き缶が飛んでいったことなど鼻で笑ってしまうくらいの予想外の光景だった。
「ガオオオオオッ」
「は?」
思わず間の抜けた声が、半開きになった唇から漏れた。
それは昔、テレビで見た光景。画面の向こう側の景色。それが今、そこを飛び出したかのように、目の前に現れた。
怪獣、だ。目の前に現れた異形を言葉にするのに、それ以外の単語が浮かんでこない。体格の良いワニが二足歩行をしているような見た目、深緑のゴツゴツした肌、爬虫類のような瞳がぎょろりとこちらを見つめていて、その下のぱっくり開いた大きな口からは鋭い牙が何本も見える。
大きさは人より少しだけ大きいくらいだが、怪獣ときいて殆との人がイメージする典型。大きなタワーのてっぺんで火を噴いて町を焼き尽くしていきそうな。そんな非現実的な現実が、突然目の前に現れたのだ。
頬をつねる。痛い。どうやらこれは夢ではないらしい。驚きすぎて声も出ない。思考が完全に停止してしまって、身体はその場から動いてくれなかった。
そんなわたしの状況などお構いなしに、怪獣はノシノシとこちらに向かって歩みを進めてくる。一歩一歩、その距離が縮まっていくにつれ、わたしの心臓は気持ち悪いくらい脈を速める。息が苦しい。嫌な汗が全身から吹き出してくる。
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