効率化の果てに

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一日の始まりと終わりには必ず教会へと足を運び、神様にお祈りをささげることをぼくは日課としている。 ろうそくのゆらゆらとした明かりが壁に幻想的な雰囲気をもたらしている教会の中で、ピンと張った空気を感じながら過ごすこの時間は、何物にも代えられないとても大切な時間だ。 今朝もいつものようにお祈りを済ませた後、ちょうど教会の門を出る所だったぼくは、仕事場へ向かっている途中のケイと鉢合わせてしまった。ケイはとてつもなく嫌なものを見るような目でぼくを見た後、 「お祈りなんて無駄な事に時間を使ってないで、もっと有意義な時間をすごせよな」 と吐き捨てるように言うと、セカセカとものすごいスピードで立ち去って行ってしまった。 いつからか世間、いや、ヒトは変わってしまった。 なんでも効率が重視されるようになり、貴重な有限な時間なのに何も生み出さない無駄な時間を過ごすことが忌み嫌われるようになった。何事も結果がすべて。途中経過は結果を生み出すためのものなので、そんなところに時間を無駄に使ってはいけない。ノウハウを知っていてこそ博識なヒトと呼べる。 そして情報化社会が進み、ものすごい量の情報と対峙するようになったヒトは、情報の取捨選択の効率化も求めた。その結果「インフルエンサー」と呼ばれるヒトの言う事は絶対であり、それに従わないヤツは情弱。 そこから「発言力が無いなら存在そのものが無駄」という考えがあたりまえになっていくにつれ、ヒトは自分自身の存在価値を確保するため、効率的にネットワーク上で名前を売る方法に時間やお金をつぎ込むようになった。 1日に2時間以上費やしている食事の時間もまた、無駄なものの筆頭としてあげられ、今では完全栄養食品をひとかけら口に放り込むだけで1日に必要な栄養素をすべて賄えるようになっている。 睡眠は大切なものとされているが、必要以上に取ることは害悪だから8時間以上寝てはいけないという暗黙のルールまで存在している。寝過ぎるなんてことは、基本的な時間の使い方がわかっていないダメなヤツ。キチンと時間管理が出来なくて体調を崩すなんて、迷惑極まりないとしか言いようがない。 そして、寝ている時間以外はすべて効率的に時間を使う。 効率効率効率効率効率効率効率効率効率 効率が悪いヤツは人生の無駄遣い。効率的とは程遠いそんな人生なら送るだけ無駄じゃないの? そんな空気がヒトの世の中に蔓延している。 ぼくはケイに会ったことで思い出してしまったそんなニガイ気持ちを振り払うために、くるりと進行方向を変えて教会へと引き返した。 「神様、効率を求めるだけの生活では見えない大切なものがあると、ヒトに教えてやってはくれないでしょうか…。今当たり前のように言われている価値観では、誰も幸せになれないのだと…」 そうお祈りする僕の背後から 「今日も熱心だね、No508581」 という優しい神父様の音声が優しく響いた。
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