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丸ノ内線で池袋駅に降り、有楽町線に乗り換える。新木場行きに乗って飯田橋へ向かった。薄暗い地下を抜けて地上へ上がると、目の前で緩やかな坂道が右手に伸びていた。狭い歩道の端に立つ。薄く音楽が流れていた。
「あ、いた。」
坂の下、寂しく空へ伸びる電柱にもたれていた男性が声をかけてきた。白いワイシャツに薄手の黒いMA-1を羽織り、すらっとしたチノパンが伸びている。改めて目の前にすると平山の背は低かった。しかしこれもウェルナー症候群によるものだと杉村は事前に調べて理解していた。
「お待たせ。服、似合ってるじゃん。」
「そ、そうかな。上着は翔が選んでくれたんだよね。」
裾を握ってMA-1を見ている平山は、衣装を着た子どものようだった。思わず笑ってしまう。
「でも、杉村、も。似合ってるよ。」
まだ呼び方に慣れていないのだろう。後半の言葉は消え入ってしまいそうだったが、杉村はなんとか聞き取って一言礼を言った。
2人の距離は少し手を伸ばせば簡単に触れることができた。しかしどちらも指先すら接触することはない。そのままゆっくりと坂を上っていく。飲食店の横を通り抜けて目的地のない先を歩いていくと涼しい風が心地良い。毘沙門天像が置かれているという寺の前を通った時、平山がか細い声で言った。
「何か、食べようか。」
白いレースシャツの先、大学の入学記念で両親から贈られた腕時計の透明な盤の裏で2本の針が北を指している。杉村は何気なく言った。
「どこかオススメのお店ある?」
そう口にしてから彼の反応を探った。もしプレッシャーをかけてしまったのなら申し訳ない、そう思ったのだ。しかし平山は何かを思い出すような表情で答えた。
「えっと、僕の好きな店はあるけど…。」
「いいじゃん。どんな店?」
「蕎麦屋。なんだよね。」
間が空いた。決して麺類が苦手なわけではないが、渋いチョイスだったのだ。
「やっぱり地味だよね、翔とかてっちゃんにも言われたんだけどさ、顔に合ってるって。」
吹き出しそうになった杉村は道路の方へ顔を背けた。笑っていいものか未だに線引きは分からない。
「いや、笑ってくれた方がありがたいんだけど。」
「ごめん。先に笑っちゃいそうになっちゃった。」
「そんなに蕎麦屋みたいな顔かなぁ。」
そう言って自分の顔を指すものだから、今度はしっかりと笑ってしまった。平山も同じように笑って先を歩いていく。何故かそんな短いやり取りが、杉村はどこか嬉しく思えた。三谷と長谷川のように、自分は彼と冗談を交わせているのだ。何故自分が今彼と笑い合えていることに嬉しさを感じているのかはうまく理解できないまま、2人は蕎麦屋に向かった。
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