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「いるよな、席譲ったのに怒る人。」 ガラス張りの食堂には大勢の学生がいて、点々と置かれたテーブルを囲んでいる。端の方で壁を背に味噌肉炒めを啄く杉村の前で、畑中廉が薄いピンクの髪を触って言った。彼の耳たぶには銀色の輪っかが吊られている。 「なんでだろうね。素直に受け取れないのかな。」 「認めたくないんだろうな。無理しない方がいいのに。」 東桜大学に入り、最初に履修した講義で畑中とは出会った。どうやら高校時代は友人が少なかったらしい。畑中は眉間に指先を当てながら眉をひそめた。 「杉村さ、頭痛薬持ってない?」 「持ってるけど。何、また飲み会だったの。」 トートバッグのポケットにポーチを入れている、そこに頭痛薬はあったはずだ。 「ほら。中里さんいるだろ。あの人がビールとワインのちゃんぽんさせてくるんだよ。もう朝から頭ガンガン。」 彼の言葉で少し大柄な日に焼けた男性を思い出す。彼が所属するテニスサークルでは月に2度飲み会が開催されていた。しかしテニスサークルとは名ばかりで、コートを1時間ほど貸し切っては適当に遊び、後は居酒屋へ直行することがほとんどだという。サークルに所属していない杉村には到底理解できなかった。 「はい。2錠ね。」 「悪いな。」 水を掬うような両手に白い錠剤を落とす。それをすぐに口の中へ放ると、彼は紙コップに入った水を全て飲み干した。 「杉村って次ビジネス論?」 「そう。そっちはマーケティングのAでしょ?」 「うん。倉本の講義眠くなるんだよな。」 特に生産性がある会話ではない。それでも杉村は満足していた。現に彼の人脈で友人が増えたことは事実だし、アルコールは少し苦手だが飲み会に参加して他大学の友人もできた。何事においてもポジティブに考える彼だから成せる明るさには少しばかり感謝している。 「じゃあお先。」 彼が何を食べていたのかは忘れたが、トレイを両手に持って畑中は立ち上がった。同じサークルの友人と次の講義を受けているらしく、先に席を確保してもらっているそうだ。まだ昼休みは20分残っている。 「じゃあね。」 軽く返事をして、去り行く畑中を見てからトートバッグの中に手を忍ばせた。10分で小説の続きを読み、5分で教室移動を済ませる、そんな簡素な計画を頭の中に立てて、杉村は活字の世界に浸った。
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