92人が本棚に入れています
本棚に追加
杏菜は新しいパートナーと手をつなぎ、散歩に出かけたようだ。
天から落ちる優しい光が、その夫婦を照らしていた。
杏菜の背中を見届けると、亮太は配送車に乗り込んだ。
カバンの中から、高校時代の卒業アルバムを取り出した。革の表紙はだいぶ擦りきれている。青春の重みが、手の平に沈んだ。
目的のページを開いた。
まだ化粧気もなく、セーラー服を着ている杏菜の顔を見つめる。
――おはよう、亮太くん。
杏菜の声が蘇った。
友達のいなかった亮太に、唯一声をかけてくれる人だった。彼女の存在だけが、学生時代を生きる上での支えだった。
「お元気で。溝倉杏菜さん……」
人生を懸けて愛した女性の名を呼ぶと、亮太はゆっくりとアルバムを閉じた。
パタンと閉じたその音とともに、彼の恋はようやく幕を閉じた。
幸せな恋だった。今ならそう言える。
~完~
最初のコメントを投稿しよう!