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「どうしよう……ねえ、どうしよう……」
正気を失った杏菜の声が震え出す。
「杏菜ちゃん、落ち着いて。とりあえず、経緯と今の状況を教えてくれるか」
亮太はゆっくりとした口調で訊いた。
経緯はこうだった。
以前から暴力を振るう夫が、今日も酒に酔った直後に手を上げてきた。いつもは我慢していた杏菜だったが、母の形見である花瓶を壊され、思わず近くにあった果物ナイフで夫の腹部を刺したということだった。
「なるほど……」
スマートフォンを握ったまま目を閉じた。
亮太はしばらく沈思した。
指先で目頭を強く揉む。
真冬の鋭い風が、窓をコツコツと叩いている。
しばらく無言が続いたためか、杏菜は不安そうな声で催促してきた。
「ねえ、亮太くん。聞こえてる? どうしよう。捕まるのよね。自首したほうがいいかな」
今にも泣きそうな杏菜の声が夜の静けさに震え続ける。
「大丈夫、オレに任せろ」
「亮太……くん」
鼻をすする音が聞こえてくる。
亮太は短く息を吐くと、
「刑事のオレに任せておけ」
力強く決意を示した。
ずっと憧れだった杏菜の力になれる時が来た。神はオレの恋を見捨ててはいなかった。そう思った。
闇夜を飲み込むように、亮太は唇を強く結んだ。
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