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――洋祐の事件を怪しむ刑事がいる。
そんなことは口が裂けてもいえなかった。
捜査の相棒、矢岡のことだ。
杏菜を不安にすることなどできない。
「杏菜ちゃん。キミはとにかく、警察から何を訊かれても、パニックでその時のことを覚えていない。そう答えればいいから」
亮太は杏菜の白い手を握り返した。
「うん……」
不安げにうなずく杏菜。その瞳には涙が滲んでいた。
「必ず、必ず守ってみせる」
想いの程を示すと、亮太は時計を見た。
「あっ、悪い。時間がない」
ジャケットを羽織り、レシートを持って立ち上がった。
「ねえ、亮太くん」
杏菜が呼び止める。
「ん?」
「その傷……」
杏菜の目線は、亮太の手の甲を指している。
「あぁ、これか。もう過去のことだよ。じゃあ」
右手の甲に烙印されたタバコの痕。高校時代に《アイツ》から受けた屈辱だ。
亮太はそれを隠すようにポケットに手を入れると、店を出た。
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