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「今日はありがとうございました」
夜も大分進んだ頃、俺たちは品川駅の改札前まで戻っていた。
頭を下げた香さんの目元はまだ腫れているものの、優しく微笑む顔を見る限り気持ちは落ち着いたようだ。
「こちらこそありがとうございました。またの機会がありましたら、その時はよろしくお願いします」
そうしてお互い礼を言いながら距離が離れていく時、俺は「あ、」と彼女を呼び止めた。
「どうして今回、俺に拓哉さんを演じるように依頼されたんですか?」
俺はずっと疑問に思っていた。
あくまで「演じる」のであって、本人そのもののようにはなれないのだから。
なのに何故俺に彼を演じさせたのか。途中で幻滅するのではないか、ということは考えなかったのだろうか。
香さんは少しだけ目を宙に泳がせた後、笑顔でこう言った。
「さぁ?」
……え?
香さんは、じゃあね、とこちらに手を振って、そのまま改札を通って人ごみに紛れ込んでしまった。
俺は呆気にとられたまま、その場に立ち止まってしまった。
やはり、人間って分からない。
と、ポケットに入っていたスマホから電話の着信音が鳴った。
着信の相手は不明。見たことのない電話番号からかかってきていた。
きっと新しい依頼だろう。
俺は気持ちを切り替えて、その着信に出た。
「はい。思い人代行サービスです。ご依頼でしょうか?」
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