第1話「喋る車が現れた!?」-1

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第1話「喋る車が現れた!?」-1

 いよいよ核兵器が放たれる。  悪魔の炎を広大な大陸に放ち、地球に大きな傷跡を残してでも、かの強大なる魔王を討つべきであると、あらゆる意見の飛び交う会議の末、ついに結論が出たのである。  そんな結論が出てしまう状況だった。  当然のように反対派が怒号を上げ、無数の専門家や有識者が、いかに魔王を討つためとはいえ、大陸もろとも滅ぼすことは非人道的で、人類の歴史に残る汚点となるかを必死に説く。そんな反対派が一人また一人と押し黙り、涙ながらに賛成へ移ってしまうほど、魔王は恐れられていた。  ――怪獣。  それも、怪獣の魔王。  軍勢を率いて人類殲滅を図らんとする脅威によって、既にいくつもの国家が滅んでいる。軍事力の高いとされたアメリカが、ロシアが、膨大な人口を誇った中国さえ、もう何年も前から世界地図には載っていない。  二〇〇〇年には六〇億人であった世界人口も、年々と数を減らして三〇億に、一五億に、ついには十億人を下回っている現状は、人類滅亡の恐怖を存分に煽っていた。  かくして、何年もかけて行われた会議のたびに、魔王こそが核よりも恐ろしいと認めた反対派は賛成への鞍替えを行って、バランスが徐々に傾くことで核兵器の使用は決まった。  魔王怪獣ダイノゾーア。  それこそが、魔王と呼ばれる怪獣の名だ。  漆黒の鎧に全身を覆った恐竜型の、トカゲを直立させたかのような体格の魔王怪獣は、出現当時からいかなる爆撃も受け付けず、あまりにも硬い鱗が最新兵器の弾頭をことごとく弾いてきた。  炎を吐けば町全体が文字通りの火の海に、尻尾の一振りで周囲のビルが倒れる。海の中から津波を起こし、分厚い雨雲に熱線で文字を書くと言われる数々の証言が、決して話を盛ったものでなく全てが歴然とした事実である。  そんな魔王が軍勢を率い、あらゆる怪獣を刺客として送り込む。  防戦一方である人類は、苦し紛れに新兵器の数々を生み出し対抗するが、どんなに進化を遂げた兵器でさえ、魔王はそれをいとも簡単に足蹴にした。  その魔王も、さすがの最後を迎えるだろう。  これから悪魔の炎を見届けようとしている重役達は、会議場のそれぞれのテーブルにつきながら、険しい顔で巨大モニターを見守っていた。映画館ほどはあろうかというモニターを数百名で凝視して、そこに映る『怪獣帝国』の滅ぶ有様を見届けようとしていた。  怪獣は国さえ作ったのだ。  魔王怪獣ダイノゾーアが次々と国を滅ぼし、人間を土地から追い出し、奪った土地に他の怪獣達を住まわせる。そんな風に地球は着々と怪獣のものとなっており、実に六割が魔王の支配下に収まっている。  巨大なクモが、プテラノドンのようにしか見えない翼竜が、列車よりも長大なヘビが、あらゆる巨大生物が蔓延っている。それら全ての怪獣が、ダイノゾーアを自分達の王と崇め、ひれ伏しているのだ。  今、そこへ核弾頭ミサイルの発射が行われた。  命中まであと十分、五分、三分と、着実に時は刻まれ、着弾が迫るにつれて緊張感は高まっていく。会議場全体の空気がまるで極限まで膨らんだ風船のようであり、もうとっくに破裂してもおかしくないほど大きくなって、未だ緊張は膨らみ続ける。  そして、着弾した。  さながら一瞬で膨張したように、途方もなく大きな火炎のドームが出来上がった。  モニターの内側に見るドームだから、まだしも小さい。  しかし、実際には町を飲み込み、国を飲み込み、大陸さえも覆って海にはみ出るほどの巨大な炎は、そこに微生物の存在さえ許しはしない。その高さは雲にも届き、果ては宇宙にまで達しているかもしれなかった。  地球に大きなニキビが出来たと表現してもいいほどの、歴史上最大の炎がそこにはあった。  それほどまでの火炎ドームとなれば、地球の一体何割の酸素を焼き消していることになるかも想像がつかなかった。  炎が晴れれば、今度は途方もないクレーターが出来上がっていた。  大陸を丸ごと刳り抜いて、綺麗に削ってしまった大地には、当然のように生物の気配などありはしない。やがて海水が流れ込み、消えた陸地を青色が埋めていく。地球の海面を一体何メートル下げたことになるかもわからない、激しい地形の変化であった。  誰もが思ったはずだ。  地球にこれほど深くの傷を与え、取り返すべき土地さえ犠牲にした核の力なら、必ずや魔王怪獣を消し去ったことだろうと……。  否、次の瞬間。  思わず目を閉ざしてしまうほどの、強烈な光がモニターから放たれて、その直後に画面はぶっつりと切れていた。  ブラックアウトしたモニターに、何も映らなくなっていた。  原因は機材の故障などではない。  壊れたといえば壊れたのだが、接続不良やモニターの不具合といったことではない。そもそものカメラが破壊され、だから映像も送られて来なくなったのだ。  別のカメラに切り替えることで、映像は復活した。  そして、そこにはたった今の録画映像が流されて、全員残らず、かつてないほどに汗を噴き出し戦慄していた。遥か遠方を撮影可能な超長距離カメラが移す海面を見て、誰しもが愕然としていた。  海から青白い熱線が放たれていた。  死んでいないのだ。  あれほどの炎をもってしても、クレーターとなった大地にダイノゾーアは生存して、流れ込んだ海の中から熱線を放っている。地上からは視認などできないはずの、人工衛星を正確に狙い討ち、カメラを破壊していたのだ。  人間は怪獣には勝てない。  人類全体の心に、そう刻まれた日であった。      ***  十年以上も前に、日本列島を上下真っ二つに分断する亀裂が走り、その影響で東京と神奈川は孤立した島に変わった。  怪獣との戦いが影響して、地形の変化が起きてしまったのだ。  かつて魔王に核兵器を使ったのが、世界地図を書き換える歴史的事件としてもっとも有名な話だが、それ以外にも各地の大陸がひび割れたり、欠ける形で島と化し、もうとっくに昔の大陸図は通用しない。  日本列島も原形こそ留めているが、亀裂で出来た隙間を橋で繋いでいるような地域がいくつもある。県の数さえ変化している。県そのものが割れている部分もあり、それに合わせて区域の変更や県名変更などが行われ、四十七都道府県さえ教科書で習う歴史でしか見聞きしない。  ――東京島。  龍城ディナは十二歳の頃に怪獣災害で家を失い、島の外から引っ越して来た。  神奈川県の存在など、ディナにとっては歴史上のものでしかなく、二十三区や山手線の路線図なども、過去の記録の中にしか残っていない。神奈川との併合がとっくに済んでいる今この場所は『東京島』となっているのだ。  怪獣というものからして、ディナの生まれる前から存在している。  かつてはUFOや超能力を信じるのと似たようなもので、その手のマニアが喜ぶネタでしかなかったことがあるなど、初めて知った時にはそちらの方が信じられなかった。  この世界は怪獣に支配されている。  人間が今でも絶滅せずに生きているのは、かの魔王が見逃しているからにすぎない。地球の六割近くを支配して、既に満足しているためとされているが、もしもダイノゾーアが気を変えれば、人類など簡単に滅ぶだろう。  滅ぶも滅ばないも、魔王様の気分しだい。  生殺与奪を遥かに超え、絶滅与奪の権利を握った存在がいる中で、人間が過ごす平和はいつ崩れるとも知れないものだ。平穏な時がいつどのタイミングで破られても、何らの不思議などありはしない。  魔王が直接来ないだけで、怪獣災害そのものは続いている。  対怪獣兵器の発達はしているが、全ての怪獣に通用するわけではない。未知の能力を持つ怪獣も現れる。やっとの思いで倒した頃には、もう町は滅んでいたなど、何も不思議な話ではないのだ。  専門家の話では、魔王自身にその気がなくとも、王様の方針に異を唱え、あくまで人類を滅ぼしたいとする勢力が怪獣帝国の中にはいるという。  つまりはこう。  魔王はもう十分に地球を支配したと思っているが、未だ満足していない層が絶滅派として活動を行い、人間社会に断続的に攻撃を仕掛けてくる。あくまで仮説だそうだが、とにかく今のところ魔王自身は現れない。  断続的な出現だけが起きる現状で、その撃退さえ行えれば、とりあえずの平和を守ることは可能となる――守り切れず、大規模な損害が出たり、町が滅ぶこともある。  その対怪獣最新兵器として、数年前から巨大ロボットが使われていた。 『では次のニュースです』  白銀の装甲で全身を覆った人型ロボットが、リビングのテレビに映し出される。  戦闘映像だ。  テンペスターという名の、西洋の甲冑を模したデザインの人型は、その腕を振るって怪獣を殴りつけ、顔面を打ち抜いていた。右の頬を打たれることで、左を向かされる怪獣は、今度は鼻面に拳を受けて血を流す。 『今朝方、北海道に出現した怪獣はヨロイギラス。ご覧のように全身を岩とみられる鉱物で覆い尽くし、この硬い装甲はあらゆる爆撃、貫通弾などを弾くとされますが、出撃したテンペスターはこれを直ちに撃破。被害を最小限に留めました』  画面の切り替えによって、怪獣の画像が大きく移り、ニュースキャスターがその解説を行った。 『岩、土、金属などを摂取し、その成分を利用した鎧を作るとされるヨロイギラスは、大元の成分からは考えられない不可思議な強度を誇っています』  ヨロイギラスはトカゲに鎧を着せたかのような、何枚もの装甲を全身につなぎ合わせ、関節毎に自分自身の動きを阻害しないための継ぎ目がある。二足歩行で練り歩き、頭部にはサイのような巨大なツノを生やしていた。 『しかし、対怪獣ロボット兵器テンペスターは、宇宙由来の物質を利用しており、こうした不可思議な強度を誇る怪獣に対して有効なダメージを与えることが可能です』  だが、そうして語るニュースキャスターの隣には、専門家の男性がより詳しい解説のために座っていた。 『もっとも、今回のヨロイギラスは完全な成長を遂げた個体ではありません。実は鎧の強度もまだ不完全なんですね』 『では成長が完全だと、どうでしょう』 『成長が完全ですと、ツノはもう少し大きく、全身を覆う鎧ももっと硬い。鎧の及んでいない、いわば生身の部分を狙わなければ、有効打にはなりにくい。対怪獣兵器テンペスターは何年も前から活躍を開始していますが、完全体を倒したという記録は一切ありません』 『完全な個体ではなかったことは不幸中の幸いですね』  北海道での事件だ。  東京島からは遥かに離れた遠くの事件だが、たまたま離れていたにすぎない。防衛力が特に高く、テンペスターの配備数も多いとされる東京島は、その分だけ自然と狙われにくいと言われているが、絶対に狙われない保証はない。  だからといって、毎日を怯えながら生きていくわけにもいかない。  明日死ぬかも、もうすぐ死ぬかも、いつ友達を失うかわからない。あと数日で寿命を迎える暗い気持ちで生きていては、心が重くなるばかりだ。  と、頭の中ではわかっていても、ついビクビクとしたものの考えをしてしまったり、ふとした拍子に後ろ向きなことを考えることもある。  自分のことだけではない。  例えばビルの工事現場を見かけたら、明日にでも怪獣に壊されるかもしれないものを、どうして一生懸命作るのだろう。部活動の練習を見て、いつ死ぬかもわからないのに、頑張ってどうするのだろう、など。  ただ頭でわかっているだけでは駄目だ。  どこかで、前向きになれるパワーを貰い、補給しなければ生きていけない。暗くどんよりしたものに心を支配されてしまうと、人に対してさえ薄暗いことを思ってしまう。 『では次のニュースです』  ニュースキャスターが次の報道を開始する。  その瞬間。 「待ってましたァァ!」  ディナは画面に食いついた。 『明日、東京島で月宮ルイナのライブが開催されます』  これを待っていた。  たった十四歳、ディナと同い年にしてトップアイドルの座に上り詰め、頂点として君臨している美貌の少女が優美に歩む。  赤い絨毯の敷かれた上、銀髪を華麗に揺らし、まるで月明かりに照らし出されたような神秘に満ちた存在感を解き放つ。揺らいだ髪からキラキラとした輝きが散らされているように、光溢れたオーラの少女こそ、ディナが熱中してやまないアイドルだ。 『明日のライブですが、昨日、北海道に怪獣が出現しています。もしもライブ中に怪獣が出たらどうなさいますか?』  一人の記者がそんな質問を行っていた。 『そうね』  ルイナはすっと足を止め、カメラに視線を向けていた。 『その時は怪獣にも歌声を聞かせてあげるわ。勇気ある歌声に従う勇者のような怪獣が、世の中には一匹くらいいるかもしれないから』 『それは面白いですね。ライブ、頑張って下さい』 『ええ、皆さん。会場で会いましょう?』  ルイナが浮かべる微笑みは、その場にいる記者やカメラマンだけではなく、カメラの向こうにいるファンへのものだった。  自分に笑いかけてくれたかのような、そんな感覚をディナは覚えた。  初めて月宮ルイナを知ったのは二年前のことだ。  元々は島の外で生まれ育っていたディナは、突然のように現れた怪獣に町を消されて、学校も友達も全てを失ってしまったのだ。怪獣警報を聞くなり地下シェルターへの避難を行い、どうにか生き延びたまではよかったが、地上に上がる頃には一面に瓦礫が敷かれていた。  いくつも立っていたはずのビル、住宅街、駅、学校。  あるはずの景色がなにもなく、どこまで行っても、どこまで歩いても、無残に砕けた瓦礫がそこかしこで山積みとなっているだけだった。  ディナはそんな景色に呆然とした。  帰るべき家も、踏み潰されていた。  それで家族が別の避難所に逃げ込んでいて、生存していたのは幸運というより他はない。  しかし、学校に数多くいた友達や教師、親戚の全てが生きているはずもなく、クラスメイトを友達を実に半分以上は失った。生き残っていた友達も、ディナと違って両親を失うなり、兄弟姉妹を失うなり、必ず誰かと死に別れていた。  悲しみと絶望に満ち溢れ、心を深く抉り取られた当時のディナは、胸の内側が空っぽになっていた。ただただ呆然としながら、ショックで立ち直れない虚ろな目で、避難所での日々を送っていた。  きっと本当なら、そのまま無気力な人間になっていただろうか。  ショックを背負い、それでもやっていこうという気概が持てるほど、ディナは決して強い人間ではなかった。  そんな時なのだ。  当時十二歳。  月宮ルイナが慰問ライブにやって来た。  無償で開かれたライブの会場から、実に美しい歌声を聞きつけて、フラフラと彷徨うように辿り着くなり、そこには月のように美しい少女が歌っていた。  決して冗談などではない。  ディナは本気で、そこに天使が現れたと思っていた。  青空の下で、特別な照明設備もなく、人気アイドルとしては簡素な仮設ステージで、ディナの目にはそれでもルイナが光って見えた。スポットライトなど浴びるまでもなく、まるで彼女自身が発光しているように、存在感を放ってやまなかった。  神々しいの一言だった。  白銀の髪がダンスに揺れるたび、キラキラとした何かが振りまかれる。華麗な手足に魅了され、天から舞い降りた女神の踊りにさえ映る。美しさに目が眩み、ステージの安っぽさなどすっかり頭の中からかき消され、ディナはあの時、神秘の国の中にいた。  あの時、勇気を貰ったのだ。  空っぽになった心の中に、たくさんの勇気を注いでもらい、生きる気力を胸に前向きでやっていくことができた。辛い思いをしたけれど、前を向いていこうと思えたのは、月宮ルイナのおかげなのだった。  だが、二年前の時さえ人気を上げていたルイナは、あれよあれよという間に頂点に上り詰め、チケットが二秒で売りきれるような大物になってしまった。自分の応援しているアイドルが成功するのは嬉しいが、生のライブを聴く機会がどうしても得られない。  ライブ情報を聞きつけるたび、毎回のように買おう買おうとしてみるものの、実に二年近くもチケットにありつけないでいるのだった。  ところが――。  最近、抽選販売に当たって買うことが出来たのだ。  配信曲のダウンロードを聞いても、動画でライブを見ても、もちろん最高なのだが、あの時ほどの感動は得られない。どうしても生ライブが見たかったディナの、約二年越しの願いがようやく叶う。  生涯二度目のルイナのライブが、楽しみで楽しみで仕方がなかった。      ***  ブレイブフォースガード――通称BFGという組織がある。  世界全体を窮地に貶め、人類存亡の危機にさえ至った怪獣に対し、各国の政府や軍事高官は国という枠組みを超えた連合組織が必要であると考えた。各国防よりも人類全体の防衛を目的に結成され、各地に支部を設置しているBFGこそ、ロボット兵器テンペスターを生み出し、そのパイロットを輩出している組織である。  日本には北海道の北方支部、沖縄の南方支部、そして東京島の中央支部。  ヨロイギラス出現により、その討伐に成功した北方支部では、死体の搬入及び解剖による調査研究が行われていた。  今回は全長二十メートルほどである。  しかし、種類や成長の具合によって、三十、四十、果ては百メートルを超えた死体を扱うことになる。小さな道具ではとても解体などできない。怪獣のサイズに合わせた巨大ノコギリ、恐ろしく巨大なハサミ、ギロチンのように胴体を切断する設備など、巨大化した機材が必要となる。  すると、プール一杯分、二杯分、といった量の血液が流れ出し、怪獣の種類によっては大気中で有毒化するケースもあるため、防護マスクが必須となる場合もある。  そんな怪獣を寝かせておける広々としたスペースで、手足や胴体の切り分け作業を通した上、さらに小さく切り分けた肉の一部を、複数の研究チームが各自の研究室へ持ち帰り、それぞれ担当する部位の研究を行っていく。  こうした研究を通す中、とある事実の判明により、北方支部上層部が緊急会議に集まっていた。 「ご存じのように、ヨロイギラスは過去何度かの討伐により、いくらかのデータは蓄積されています」  一人の博士が壇上に立ち、研究資料の数々をスクリーンに投影しながら、BFG上層部員達を相手に説明を行っていた。 「皆さんにこうしてお集まり頂いたのは、日本存亡に関わる新事実判明のためです」  博士はどこか戦慄を抑えていた。  恐ろしい秘密を知ってしまった恐怖に震え、平静を装っている様子は、この会議の場に集まる面々にもひしひしと伝わっている。 「今まで倒し、幾度かの解剖を行って来たヨロイギラスは、全て子供です。完全に大人となった個体を倒した記録は、今の人類にはありません。いわば完全体の能力がどれほどのものなのか、その予測データは大雑把なものでしかなかったところ、今回の研究からより正確な予想が立ちました」  博士がスクリーンの資料を切り替える。  ヨロイギラスの写真を成長具合に応じて並べ、大人に近づくにつれ、一体どんな能力が上がっているのか、その投影内容には示される。 「怪獣の起源は宇宙物質にあります。隕石によって地球に運び込まれた物質は、地球本来の物質とは異なる反応やエネルギー量を生じさせ、それを身体機能の中に取り込んだ動植物が怪獣と定義されるわけですが、ヨロイギラスのもっとも有名な能力は、まず第一に不可思議な耐久性というわけでした」  ヨロイギラスは土や鉱物の経口摂取を行い、その成分を表皮に運んで体表に鎧を作る。その硬さは摂取成分からは想定できない、不可思議な領域に達しており、厚さ百メートルを貫通するような弾丸を使ってさえ弾かれる。  さらには表皮で電波撹乱を行い、レーダーでは検知できないこと。赤外線が拡散され、熱源探知もできないこと。  既に判明している情報を並べた上、博士は語った。 「さらに表皮の耐熱性です」  博士は言う。 「過去の撃退記録から得たデータにおいて、鎧の被っていない、生身の部分にさえも驚くべき耐熱性があり、最低の数字でさえも千度の熱に耐えますが、より大きな個体を倒すにつれ、この耐熱温度は上昇しています」  表示している写真資料に、各個体が耐えきる温度数字を表示する。いくつも並ぶ写真に被さる形で出て来たのは、千度、二千度、三千度。  一気に上がって、最高でも五千度に耐える個体が既に確認済みというわけだ。 「しかし、より重要なのは、何よりもツノなのです」  博士が再び写真資料の表示を切り替えた。 「ツノがドリルのように回転する機能は過去何度も確認されており、岩盤の掘削や敵への攻撃といった使い道ばかりと、我々は考えていた。  ――違ったのです。  今回、難解な解析がようやくクリアできたことにより、我々がこれまで知ることのなかったツノの機能が明らかになったのです」  博士は言った。  恐ろしく汗を噴き出し、震えながら、恐怖を告白した。 「あのツノは超高機能探知機として機能します」  そして行う解説で博士は述べる。  ヨロイギラスはツノに神経を集中することで、地中深くから地上の生物の動きを探り、まるでレーダーのブリップ表示のようにして、脳裏に人間の居場所をマッピングできるとの説を唱えた。 「ええ、仮設です。しかし考えてみて下さい。レーダーにかからず、熱源探知もできない巨体が、震源すら探知させないようにゆっくりと、地中何百メートルも、果てはマントルの中を移動して、果てしない底から地上の様子を監視する」  誰もが騒然とした。  探知不能の存在が地上を探り、いつでも好きなタイミングで、地上の好きな場所を狙って現れることができる。 「さらに過去一年のヨロイギラス出現記録をグラフにしました」  一月、二月、三月と、月ごとの棒グラフは、明らかに数字を伸ばしている。 「いずれも子供しか現れていない。しかも、次が進むごとに、より成長した子供が現れていることを考えますと――」  それは恐るべき予測であった。  人類は今、魔王による直接攻撃が鳴りを潜めた状況に生かされている。  だが、魔王の下にいる怪獣には、人類滅亡に対して積極的な怪獣が多くいる。攻撃意思を明らかにしている種類の一つ、ヨロイギラスの出現が一年間にわたって断続的に続き、頻度も増しながら現れる子供も大きくなる。  そこから導き出される結論はこうだった。 「日本の地底で、ヨロイギラスの完全体が子育てを行っています」  未だ現れない親。  地下数百メートルで密かに育つ多くの子供。  数多くの子供を引き連れたヨロイギラス完全体は、近いうちにも日本防衛の要となる中央支部に出現して、東京島を滅ぼすに違いない。日本軍事力の集中する東京島が破られれば、北も南も呆気なく落とされ、日本壊滅は避けられない。  日本壊滅を予測する博士の論に、それを聞く全員が真っ青となっていた。
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