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「帰る」
思わず立ち上がる真の背後に駆け込む。
ボタンが外れくしゃくしゃになったシャツの上にジャケットを羽織りながら仄は言う。
真が慌てて店員に話を聞くと、仄は施術室に入り着替えて貰おうとしたところ急に暴れだしたのだという。
「エステなんてやらない。帰らせて」
「分かった、ちょっと待って」
暴れた際にボタンがとれてしまったのか
仄は黒い手袋をした左手できつく胸元を掴んでいる。
興奮している仄に落ち着くよう伝えると今度は店員に歩み寄る。
手袋も外してくれない と店員が愚痴るのを真は至って冷静に話をした。
彼女にも事情がある。
行く宛がなく働いたキャバクラ。
違法と知りながら未成年を働かせた店だ。
少女の頬にも腫れはひいたが傷がある。
見かけは治っても心の傷が癒えたわけじゃない。
せめてもの気分転換にと連れてきたけれど、そういえば、彼女に何も説明してなかった
と気付き自分を恥じた。
少女の手袋について硯はただ「触れるな」
とだけ言った。
その件には触れるなということだろうけれど、外すのも嫌がるということは余程の事なのだろう。
「ちゃんとお金は払うから」と言うと店員は落ち着きを取り戻した。
「仄ちゃんもごめんね。
ここエステとマニキュアもやるから
手袋外そうとしたのね。 そのままで大丈夫だからペディキュアだけさせてね」
仄は険しい顔をしつつも小さく頷いた。
「ここでやりましょ。私もいるから」
店員にもそう提案すると真は笑顔でソファに腰を下ろした。
両足を台座に置かれ、爪を綺麗に磨かれながら仄は天井を見上げた。
真っ白な天井、無機質な空間に化粧品の香りが広がってる。
「この後ドレスと靴と、あと下着も見なきゃね」
「ドレス?」
待ってる間暇だからとちゃっかり両手足の爪を塗ってもらいながら真は言った。
「あれ、もしかして聞いてないの?
夜ホテルで食事会あるのよ。
だから私が服選びに来たって訳」
まったく あの男は
と、呆れながら真は続ける。
「まぁ,,,それだけじゃなくて女の子らしく楽しんでもらいたかったみたいよ。
ショッピングしたり、お洒落なカフェでお茶したり,,,。そういうの、多分したこと無いだろうからってさ。
私は仄ちゃんの事情は知らないけど,,,
硯は君を大切にしたいって思ってるみたいだから。」
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