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恋、なんてものは存在しない。
男子が好きな胸のサイズを聞かれたら大して興味がなくてもそれなりに返事をするのと同じようなもので、女子同士がコミュニケーションを成立させるのに必要な要素の一つでしかなく、ほぼ幻想に近い。冷静に考えることができて本当に恋をしていて恋を知っている人間なんて、どこにも存在しない。なぜなら、恋について語る人間は例外なく正気じゃない上に、病気だからだ。
コミュニケーションの道具でしかなかったはずのものに深入りをしてしまう病気。恋をするという行動を起こすこと、そして恋している自分の姿、そういうものを見たり考えたりすることで楽しくなってしまう病気。ぼくは、そういうものに病んだりしない。
そうやっていくら伝えても、窓枠に座ってにこにこ笑っているこの先輩にはこれっぽっちも理解してもらえなかった。
「恋はいいよ、世界が輝いて見える」
「あなたは重症らしい」
テーブルに広げていた本を二段ベッドの下に投げやる。寮の同室が重症患者で、ぼくは本当についてない。
苦いチョコレートのような色をしたきれいな髪を揺らして日光を吸った白いカーテンを背にぼくに微笑みかけると「アラン君」とぼくを呼ぶ。こうしてこの人に声をかけられると、女子の世界は輝くんだろう。ぼくは目だけを動かして視線をやる。
「気軽に名前を呼ばないでください。あんたみたいな病んでいるのに平気な人間がいるから、ぼくの学年の人間もおかしくなってしまう」
「君の言い分を聞き入れると、世界のほとんどの人が病んでいるということになるね」
「間違っていると言いたいんですか?」
「いいや」
先輩は窓枠から下りてカーテンをしめた。部屋が正常な状態に戻る。
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