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「さっき読んでいた本は面白かった?」
「教科書なので。そういうことは考えてないです」
「部屋で教科書を読むんだね」
「おかしいですか」
「ううん」
腹が立つほど爽やかに笑って、先輩は肩をすくめた。
「ずっと正装でいるみたいだなって思っただけ。アラン君、好きな花は?」
「ありません。名前を呼ばないでください」
「それは、僕が病気だから?」
「そうです」
「どうして恋をするのが嫌なの?」
「は……?」
先輩はぼくと目が合うと、小さく眉を下げて小首を傾げる。顔をしかめて先輩を睨むばかりで返事ができないままでいると、目をきらきらさせた先輩が早足でやってきてぼくの腕をつかむ。あんまりに勢いよく歩くから、引きずられるようにしてぼくは部屋を出た。
「何ですか!」
「君に恋を教えてあげる!」
愉快そうに叫ぶ声は廊下に華やかに響いて、すれ違う生徒みんなの視線を集めていく。演劇のワンシーンみたいな状況が恥ずかしくて、頭がおかしくなりそうだった。
「正装じゃなくてTシャツで、紅茶じゃなくてブドウジュースで、スコーンじゃなくてリンゴを持って、僕らは世界に恋をする。何かに夢中になることを知らないままで恋なんてできないよ。まずはその、厚く着込んだタキシードを焼きに行こう!」
高揚感、動悸、発汗、狭くなる視野。
これは驚いているのと恥ずかしいせいだ。引っ張られている腕を振り払いすぐさま「迷惑だ」と叫んで部屋に帰り、明日にでも寮監に部屋を変えるよう申請しにいけばいい。分かっている。頭は理解できている。
それなのに。
ぼくは十分重症だった。治療薬も効かないほどに。
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