夢をみることさえ

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 人は、変わる。  大声で叫んでクラスメイトを注意していた女子は、抜け感だかキレイめだか言って身なりに一気に個性が出て、小さな口でサンドイッチを食べたり透明なボトルのジュースを少しずつ飲んだりするようになる。女子に負けじとわめいていた男子も、美容院をサロンと言いだしたり「ギャハハ」が「あはは」になったり女子にドアを開けたりするようになった。  時が経てばそれだけ何かは変わっていく。だから、急に俺の帰り道が一人になることだってありえない話ではない。 「ごめんなあ、奈央ちゃんが一緒がいいって言うからさあ」 「謝んなよ。かわいい彼女のお願いだろ」 「まあなあ」  へらりと笑う濱口は緩んだ顔に似合わない疲れたため息を吐く。ほんのり暗くなってきた夕焼け空と相まって、顔色まで悪く見えた。 「何かあった?」 「こんなん、幸田に言ってもどうしようもないんやけどさあ」  濱口は笑った顔のままで、人気のない道をゆらゆら歩いて俺を見る。 「なんか、男って損な生き物よなあ」  損。 「なんで?」 「告白するんも、デートコース考えるんも、何かしらリードするんも、全部男やん。そりゃな、好きな子と二人で出かける場所を考えるんが嫌なんかって言われたらそういうわけやないねんけど、でも毎度毎度難しいわ。向こうは意識してなくても完全に審査する目しとるもん。思い出すだけで胃痛いて」 「疲れたっつーこと?」 「そうそう。疲れたんよ、多分な。思とったより夢ないわ、恋愛って」  濱口の乾いた笑いを聞きながら、俺は呆然と家まで歩いた。家に入ると鍵を閉めないまま肩からカバンをずり落として、まっすぐベッドに向かう。上半身から脱力して折り重ねたふとんめがけて倒れこんだ。冷えたふとんの柔らかさを顔面で感じながらゆっくりと息をする。  どこで濱口と別れたのかも、何て返事をしたのかも、自分がどんな顔をしていたのかも何も思い出せない。  深呼吸を繰り返して顔を上げる。開けっ放しのカーテンからこぼれ込んでくる外の蛍光灯の明かりが、暗い部屋の中にぼんやり染みた。今、俺はちゃんと一人だっていうことを、考えるより前に教えてくれる。 「そんなに嫌ならやめればいいじゃん」  言えない。 「そんなに嫌ならやめればいいじゃん……!」  ふとんに顔を押し付けて叫んだ。  うるさい、黙れ、消えてしまえ。俺は、そんなこと言いたくない。  ベッドに一緒に投げ込まれたスマホが光って、部屋が急に明るくなる。体を起こさないまま液晶を見た。 『焼き肉いこや』  濱口だ。ブルーライトに吸い込まれるようにずるりとスマホに近づくと「行こ行こ。いつ?」と返事を打った。画面を落とした。カーテンを閉めた。部屋の鍵を閉めた。  ベッドに顔を沈めた。
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