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放課後に図書室へ行くのが好きだった。
みんなが家に帰ったり部活に行ったりした後の静かな廊下をゆっくり歩いて、制服のネクタイをしめ直すその時間から。
図書委員の三好先輩は、とても素敵な人間だ。特別明るいわけでもないのに、そっと置くような話し方と優しい表情で人を惹き付ける魅力がある。先輩と話をしていると、落ち込んでいないときでも両手ですくいあげられたような穏やかな気持ちになれた。
火曜日に借りた本を、木曜日に返す。それから、いつも一人で当番をしている先輩と本の感想を小声で言いあう。たったそれだけの短い時間がなるだけ幸福になるように、オレはいつも図書室に行くときだけはきちんと制服を着て、背筋を伸ばして、丁寧に話すようにしていた。そうして意識することを繰り返せば、いつかは先輩のような素敵な人間になれるかもしれないと心から思っていたから。
水曜の今日、図書室に寄ったのはたまたまだった。
先輩に薦めてもらった本が面白くて一気読みしてしまったことも、シリーズの続きをさらに数冊借りてしまおうと思ったことも、オフだったはずの友人に急に部活が入ったことも。
そして、先輩が水曜の放課後に当番をしていることも、書庫の影から聞こえる息遣いにオレが気づいたのも、全て。
「……っ、ふ」
少し傾いた夕日を吸い込んだカーテンの明かりがスチール書架の隙間からこぼれて、浮きでた顎骨のラインをはっきりと縁取った。書架の間に立つ二つの人影のうちの一つが先輩だということは、すぐには分からなかった。夕日を受けて光るうなじが、あまりに艶やかだったから。
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