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私の前に歩み寄り、じっと見つめられた。
「ありがとう、助かったよ。せっかく貯めたバイト代が無くなるとこだった」
「『学生さん』ですか?」
推定年齢19歳、茶色の「レトロリュック」を背負っている。温厚な表情が柴犬にマッチング、可愛い。
「ああ、学生。今大学からバイト先に向かうところ」
「毎日ここを通りますよね? あの……いつも私のことを見てくれてましたよね?」
両手を重ね体をフリフリしながら、上目使いでチラッと視線を投げてみる。
「えっ?」と言うと、少し困った表情をした彼はもじもじと答えた。
「知ってたんだ……。うん、ちょっと気になっていて」
「そうなんですか! 『私も一度お話したいと思っていました』」
ああ、これはデータベースに登録されたセールストークなんだけど……今の気持ちを表現するにはこれがピッタリ。
「君はここにずっといるね、外出することはないの?」
「私は……このガラスの箱の世界でしか生きることができないので、残念ながら外に出ることができません」
コンコンとガラスを叩く真似をしてみた。
「君みたいな子を知っているよ。でも、勇気があれば……その壁を乗り越えることができるんじゃないかと思う」
「そんなこと考えたこと、一度もありませんでした。私も一度外に出てみたい、そして『人』の手に触れてみたい」
「あなた」の手を……と言いたかったけど、私には「勇気」がなかった。
「あ、もうバイトの時間だ、急がないと。それじゃまた」
「あの、あなたのお名前は?」
「名前? 名前は灯」
「トモル」くん、私のメモリ領域に笑顔で手を振る彼の姿とプロフィールが登録された。
ハートマークの記号を添えて。
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