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ふたりが二十歳の時に正式に交際を始めて、一緒に就活や卒論、社会人序盤という涙も涙の荒波を乗り越え、現在ふたりとも今年で二十七歳。
彼は、厨二病が功を奏したのか、哲学科の第一外国語だったドイツ語をしっかりきっちり修めた。結果、ドイツに本社を置くメーカーに就職した。外資系だ。ここまで来ると葉乃子は逆に駿を拝んだ。べつにスペック重視で彼と付き合っているわけではないが、何もかもパーフェクトに育った彼とお付き合いをしているというのは、特に取り柄のない葉乃子にとってひとつのよりどころなのだった。
さて、話が今日の今に戻る。
「いつから?」
「九月一日付。でもいろいろ準備があるからお盆明けくらいから向こうに行くかなぁ」
「あと三ヵ月くらいしかなくない?」
「そうなんだよ。だから、はのちゃんびっくりするかな、と思って、何て言おうかずっと悩んでて……」
覚悟はしていたつもりだ。いつかは一回本社に行かなくてはいけない、というのは前々から聞かされていた。その時が今来ただけだ。
それでも葉乃子は緊張した。フォークとナイフを持つ手が止まった。
今までの妄想もといシミュレーションが、脳内を駆け巡っていく。
赤レンガのドイツの町、教会の尖塔に時計のついた門。遠くに見える古城、町を取り囲む悠久の大河と町中を流れる小川のせせらぎ。
四年前卒業旅行で彼と行ったあの国に、今度は、住む。
絶対にだ。
絶対ついていく。絶対、絶対だ。
でもそれ、私から言うもの?
彼の口癖は「はのちゃん愛してるよ」だが、ここぞという時に踏ん切りがつかない彼が強気に出てくれるとは考えにくい。このタイミングを逃したら永遠にだめなんじゃ――
「結婚してほしい。結婚して、僕の奥さんとしてついてきてほしい」
はいきた! きましたよ!
「うっ……駿ちゃんもとうとうそんなことが言えるように……」
「そこ、なんか違わない? 今はのちゃんが言うべきはそういうことじゃないでしょ、イエスかノーかでしょ」
葉乃子は勢い余って立ち上がった。店内にいた他の客の注目も集めてしまったが、興奮していた葉乃子は気づかなかった。
「よろこんで! 結婚させてください! 私、ドイツについていきますっ!」
「はのちゃん……!」
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