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彼の顔が泣きそうに歪んだ。
テーブルの上に置かれていた彼の右手からナイフをもぎ取り、両手で握り締める。
「一生一緒だよ、駿ちゃん! どこまでもついていくからね!」
「本当に? 嬉しいよ。はのちゃん、前に語学ができないから海外には住めないって言ってたでしょう」
葉乃子は都合がいいのでそんなことを言ったのは忘れていた。確かに若干の不安はあるけれど、英語もドイツ語も駿ができるから大丈夫だろう。なんとかなる。自分たちはこの七年間どんなこともふたりで乗り切ってきたのだ。ふたりでいれば何も怖くない。
大好きな駿と憧れのヨーロッパで暮らせる。こんなに幸せなことがほかにあろうか!
「でもはのちゃん、一緒に来るとなると仕事を辞めないといけな――」
「そんなの次の月曜に退職届出せば来月末には辞められるわ」
「すごいたのもしい」
むしろありがたい。平日毎日五日間残業三昧でさすがの葉乃子も心が折れそうだった。かといって辞める言い訳もなく、結婚資金を貯めるんだと自分に言い聞かせて仕方がなく続けていた仕事だ。それを寿退社という大義名分を掲げて円満に辞められるのなら感謝しかない。しかも辞めた後の引っ越し先はドイツと来た。「彼とドイツに行くので辞めます」? 最高だ。こんなにかっこいい台詞なんて人生そうそうない。
「じゃあ、そういうことで、次のお盆までに大安のなんかよさげな日を選んで籍を入れよう。その前にもう一回改めてはのちゃんのご両親にご挨拶して、ふたりで引っ越し準備しなきゃ」
葉乃子は夢心地のままうんうんと頷いた。
「あ、結婚式どうしよう? 日本に帰ってきた時? 向こうでやるとなると友達を呼べな――」
「私、こどもは男の子ひとりと女の子ひとりのふたりぐらいがいい!」
「すごい気が早くない? いやいつかはそういう話もしようと思ってたけど、まずは引っ越し先の状況をさ」
「今時男の子とか女の子とかもないか。性別にこだわらない子になるようにのびのび育ててあげなくちゃ」
「そうだね、そうしよう。わかったからはのちゃん、話を聞いて」
「うええええん! 私今人生で一番幸せだよ!」
「僕もだよ。一生一緒に幸せに暮らそうね」
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