第12話 きみを独占したかった

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 駿を抱き締める腕に、ぎゅ、と力を込める。  離したくない。  がんばれがんばれ私! 「ちょっと……、話を聞こうか」  そう言われて顔を上げた。  彼は真剣そのものの顔で葉乃子を見下ろしていた。 「すぐ片づけるから、リビングで待っていてくれる? 絶対にすぐ行くから」  こうして見ると駿はかっこいいな、と思う。心底葉乃子を心配してくれているに違いない。 「駿ちゃん」 「なあに?」 「大好きだよ」  そう言った途端、葉乃子は自分の視界がぼやけるのを感じた。涙があふれてきたのだ。  駿の左手が伸びる。  葉乃子の右頬を包み込む。  大きな温かい手に、涙を拭われた。  何を心配する必要があろうか。 「全部聞くから、待っていてほしい」  葉乃子は大きく頷いた。  少しでも落ち着きたくてコーヒーを淹れる。自分の分と、彼の分。マグカップはお揃いのものだ。  これだけは、今でもはっきりと思い出せる。  大学二年生の冬、初めてふたりで旅行をした。行き先は関西だった。大阪梅田でドイツ風クリスマスマーケットなるものが開催されていたのだ。本場ドイツからやってきたメリーゴーランド、日本で一番高いクリスマスツリー、ジンジャーブレッドやシュトーレン――そしてホットワイン。二十歳になったふたりにとって、温かいワインは心身に染み渡るものだった。  そのホットワインが入っていたマグカップをお土産として持ち帰り、今に至る。  思えば、あの時から彼はドイツに行きたがっていた。あのツリーの下で手をつないだ瞬間この未来が見えていたら、自分も学生のうちからドイツ語を始めていただろうか。 「僕が淹れようと思っていたのに」  コーヒーを手渡すと、彼はそう言って苦笑した。 「きみは何にもしなくていいのに」  どちらからでもなく、ふたり並んでソファに座る。  少し口に含み、飲み込んでから、葉乃子は一回ローテーブルにコーヒーを置いた。  それを見た駿も、コーヒーをテーブルに置いた。  真剣な態度で向き合ってくれる。  それだけで泣いてしまう。  だが駿はまったく責めなかった。  今度は彼のほうから、真正面から葉乃子を抱き締めてくれた。
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