第12話 きみを独占したかった

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「アイちゃんに言われたんだけど、こうなるのは目に見えてたんじゃないの、って。つまり、結婚を意識してたなら、もっと前から日本でドイツ語を勉強しておいたほうがよかったんじゃ、って。……もっと言うなら」  拳を握り締めた。 「もし、駿ちゃんに、こういう展開が見えてたんなら。私にドイツ語を教えるなり教わりに行くように言ったりできたんじゃない? って」  彼の表情が一瞬歪んだ。わずかに口を開き、何かを言いかけて、また閉ざした。  その様子から、葉乃子は察した。  わざとだ。彼はわざと葉乃子にドイツ語を勉強するよう言わなかったのだ。 「ね、なんで?」  詰め寄ると、彼は溜息をついた。 「無理しなくていいよ、と言ったと思ったんだけど」 「無理じゃない。いや、多少無理してでもやっておくべきでしょ。私そこまでバカだと思われてた?」 「そんなつもりじゃない。ただ――」  顔をしかめ、自分の額を押さえる。 「ごめん」  押し出されたその言葉に葉乃子の胸は一瞬ずきりと痛んだが、 「理由は大きく分けてふたつ」  目を真ん丸にしてしまった。  こいつ、だいぶ前からこの展開を予想してたな。 「いいでしょう。そのふたつ、説明されるのを聞きましょう」  葉乃子はソファの上に正座をした。駿は横を向き、長い脚を組んだ。 「ひとつ」 「はい」 「そもそも、結婚するのを前提に、連れていくから勉強しておいて、と言うのが怖かったんだよ。苦労してまで結婚したくない、もっと言えば、結婚する気がない、と言われてしまったらどうしよう、と」 「ば、バカー!!」  また泣くかと思った。 「どうして七年も付き合ってて語学の勉強が嫌になったくらいで結婚を断ると思うんだ!?」 「七年も付き合ってたから妥協で僕を選ぶかもしれないな、という予感があったんだよ。アラサーになってから、仕事もこんなに忙しいのに、婚活する?」 「考えたこともなかった! 駿ちゃんがいなかったら結婚したいとも思ってなかったかもしれないよ、こう見えて私友達いっぱいいますし仕事もすごくしんどかったけど営業成績ダメダメなわけじゃありませんでしたし!」 「そっか」
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