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「仁枝さんがこどもを日本に連れ帰るとなると、ロバーツさんはこどもに会えなくなって、哀れだな、と思う」
昼間の女性の会では、ロバーツ氏のほうを案じる言葉は一切出てこなかったのだ。
「それは考えたことなかった……」
駿がテーブルの上に肘をつく。
「イギリスと日本でしょ? ロンドンと成田は飛行機で十数時間かかるわけじゃないか。仮に僕らが離婚して――まあありえないけど――それぞれ実家に帰ったとしてもしょせん高崎と横浜だよ、電車で片道二時間だよ」
「ヤバいねそりゃ」
「日本人同士の結婚でもあると思うけど、国際結婚だと特に深刻に、父親がこどもに会えなくなる、というのがあるみたいだ。日本の法律ではこどもを絶対会わせなきゃいけないというルールがないから、会いたくても会えない。そういうところは、日本じゃ絶対に母親の意向が尊重されるんだよ」
葉乃子はロバーツ夫妻の息子に思いを馳せた。イギリス人と日本人のダブルである彼はとても可愛らしく、あの母親からどうやって生まれたのか人懐こくて、印象深い。
そういえば、あの子は日本語を話さなかった。仁枝はあの子に日本語を教えていなかったのだろうか。それで日本に帰るのだろうか。
ドイツに引っ越してきたばかりの頃の心細さを思い出した。
こどもにあんな思いをしてほしくない。
そんなことを考えていた葉乃子をよそに、駿が溜息をついた。
「僕は自分のこどもに会えなくなったら生きることに絶望しそうだな」
そこまで言われて、はっとした。
彼は父親の立場から発言しているのだ。
「しゅ、しゅ、駿ちゃん!」
「はい」
顔が真っ赤になる。
「結婚するって最初に言ってくれた時私が言ったことおぼえてる!?」
彼が一瞬固まった。
「男の子と女の子ひとりずつ合計ふたりの話だよね」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ、じゃないよ。初めに言ったのははのちゃんだからね」
むっとした顔で「忘れるものか」と呟く。
「引っ越してきたばかりの頃のはのちゃんが大変そうだったから言うのは控えてたけど」
優しい! 気をつかえる男だ。
「どうする? どうしたい?」
穏やかな瞳で見つめられて、葉乃子はついにやけてしまった。
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