28.テンポ・ルバート

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 これも全て、企みの内なのかも知れない。わざわざ無関係なマーブルを陥れ、回りくどい方法をとったのも、全ては真の目的を悟らせぬため。すべては迂闊な御者の起こした哀れな事故。世間をそう思いこませるための演出なのだ。我々が何を唱えても、それは慰めのために都合良く曲解された妄言の域を出ない。すべてをひっくり返して、綴じられた過去を書き換えるには至らない。  すべては周到に張り巡らされた見えない糸の導きだったのだ。その糸を巧みに繰る悪意が今も暗澹たる闇の内に潜み、眼下の舞台を眺め、嗤っているのだ。  それを黙って見過ごせるはずがない。  全てが荒唐無稽な作り話とあざ笑われたとしても、現実を受け止められない男の妄言と哀れまれても、可能性があるのなら、追い求めて見極めるのがジャーナリストだ。闇が覆い隠した真相があるとするのなら、すべてを白日に晒すまで。歩みは止めてはならないのだ。  そこから手帳はほとんど真っ黒に染まっていた。書いては消し、書いては消し。途方もない量の文字が敷き詰められるように並んでいる。数え切れぬほどの試行錯誤。そのほとんどはにじみ、潰れ、簡単には解読できない。  それを目にしてようやく気付く。姿を消す直前、ラグはわたしたちを気にかけながらも、取り憑かれたように何かを追い求めていた。その正体が、今になってようやくわかった。彼はルバートの死の真相を追いかけていたのだ。  彼は自らの足だけを頼りに、あらゆる可能性を追いかけ、一つずつ、一歩ずつ、真実への道を探し求めていた。マーブルの身辺を調査しなかった警察もあてにはできない。頼れるのは自分自身のみ。手がかりはあまりに少なく、か細く見えない糸のよう。それらをこれまで培ってきた情報網と、自身の能力。持てる全てを尽くして、たぐり寄せようとしていたのだ。これはその軌跡。ラグの決死の想いと真実への執念が込められた、血と汗の結晶であった。  真っ黒に染まったページは突如として純白に断ち切られた。ラグの文字はそこでぴたりと止まり、後には規則正しい罫線が並ぶだけ。  黒と白の境界、紡がれた一つの言葉。 『バルフリーディア』  それこそがラグが激闘の末にたどりついた、真実への道だった。
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