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仕事から解放されたからだろうか、セージの表情は心なしかすっきりとしている。シルヴィアが来てからの怒濤の忙しなさで消化不良だった仕事たちを箱詰め状態で一気に片づけていたのだ。根を詰めすぎて無理をしていないか心配だったのだが、無事に終わったようで一安心だ。
「それで、どうかしたの?」
「お願いがありまして、少しだけお時間をいただけますか?」
一体なんだろうか。改まった物言いにミララは少しばかり身構える。
「一緒に来て欲しいのです」
セージはたおやかな動作で半身をひねり、もと来た廊下の先を示す。誘いを断る理由もない。ミララは頷いて、彼について行くことにした。
廊下を進み、たどり着いた空き部屋。壁際に並んだ本棚のひとつ。密やかに隠された仕掛けをずらして現れた小さな扉を開く。続く階段を降りて、地下の空間へ。そうして向かった先は。先日シルヴィアと見つけた地下書斎だった。
湿気をはらんだ、埃っぽい空気が満ちている。狭い空間は相変わらず雑然としていて、時間があるときにきちんと掃除をしなければとミララは思う。
「この空気。ずいぶんと久しぶりです」
しみじみと噛みしめるようにセージは言った。その言葉から、先日彼が言った話が思い出される。
「昔ここにオリファと来たんだよね」
セージは頷く。
「ここは僕と彼の秘密基地だったんです」
「秘密基地!」
思わず弾んだミララの声。ノスタルジックな言葉の響きに、呼び起こされた童心が沸き立つ。世界の全てが輝いて見えて、無邪気にはしゃいだあの頃の。子供心を詰め込んだきらきらした思い出の象徴。
「二人にもそんな思い出があるんだ」
どちらかといえば、落ち着いた大人のような印象をセージにもっているので、子供時代といえど彼が秘密基地を作って遊んでいたのは意外だった。活発に遊び回るより、本を読んだりしていそうなイメージである。
だが、オリファと一緒だというのなら分かるような気がする。何でもないような小さな出来事を真っ直ぐに楽しんで、無邪気に喜び幸せとする。とても単純で、けれど難しいことを。彼は簡単にやってのけて、さらには人を巻き込んでしまうのだ。
だからきっと「ここを秘密基地にしよう!」そんな一言で、彼は魔法みたいにこの場所を特別なものに変えてしまったのだろう。
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