20.暁に綴じたファンタジア

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 ◆ 「彼はオリファ。今日から私の弟子として、おまえ達と一緒に音楽を学ぶことになった」  新緑の芽吹く季節のさわやかな風とともに彼はやってきた。  鮮烈だった。実りを迎えた大地の柔らかなる豊穣を思わせる金色。太陽の煌めきを真っ直ぐに受けて、きらきらと。曇りのない澄んだ瞳が僕を見据える。 「よろしく」  そう言って伸ばされた掌。まぶしさから目を逸らすように、僕は思い切り背を向けた。それが、最初の出会い。  父、アイザック・バルフリーディアが弟子をとるのは初めてのことだった。  一代で音楽の名家としてのバルフリーディアの名を世界に知らしめた天才。教えを請うものは少なくなかったが、父はそのどれにも応えることはしてこなかった。彼が音楽を教えるのは、二人の息子――僕、セージとその弟であるイリスだけだった。  母であるベルベーヌは望んだ。その音楽の全てを教わって、その才を引き継いで、より至高へと昇華して。バルフリーディアの音楽を永遠のものとすることを。  その無垢なる願いに、熱烈なる期待に応えるため。そのために生きてきた。心血を注ぎ、努力と研鑽を重ねてきた。  世界中で僕たちだけが、父の音楽を継げるものとして生まれたこと。それは誇りであったし、それだけの才覚を有しているという自負があった。僕たちは特別、僕だけが希有な才能を後世に残すことができる。選ばれし存在なのだと。  だから、父が僕たち以外に弟子をとるという事実を、オリファという存在を、簡単には受け入れられなかった。  オリファ・エーデルシュタイン。特徴的な金髪をじっと睨む。僕の視線なんかに気付かず、彼はへらへらと愛想を振りまいている。  優れた血筋でもなければ、特別な教育を受けてきた訳でもない。どこにでもいる、普通かつ平凡、ありふれた一般人。  実際、彼は特に秀でて音楽の技術があるわけではなかった。これまでろくにピアノに触ったこともなければ、譜面だってほとんど読めない。呑み込みは多少良いものの、技術も知識も教養も僕たちには遠く及ばない。言うなれば、ただの凡人。  父が連れてきた逸材というから、どんなものかと身構えていたけれど。どうということはない。僕の価値を脅かす存在にはなり得ない。ああなんだと拍子抜けて。安堵とともにあざ笑った。  それからすぐ、それが愚かな慢心であったと思い知った。
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