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◆
視界が眩んだ。
心を頑なにしたまま、いくつかの季節がすぎた頃だった。
高熱で白んだ世界がぐにゃぐにゃに歪む。酷いめまいに、頭痛と吐き気。何度も意識が遠のき、取り戻しては苦痛にあえぐ。数週間寝込んで、ようやく症状は落ち着いたが。病魔は大きなほころびをひとつ、残していった。
熱は下がった。体調も悪くない。身体も自由に動かせるし、音もしっかりと聞こえる。声にだって異常はない。けれど、見える世界だけがどうしてか朧気だった。
どれだけ瞼をしっかり開いても、フィルターがかかったように、世界が遠い白くもやがかかったようで、定まらない焦点。色彩は映るのに輪郭は曖昧で。水を垂らした水彩画のよう。はじめの頃は、目を凝らせばなんとか確認できたものの、日が経つに連れ境界は融けててわからなくなってゆく。
「心して、聴いてください」
そんな言葉から続いた医師の宣告は、かろうじて残った色に黒い絶望を落としていった。
「近い将来、その眼は完全に視えなくなるでしょう」
病の原因は不明、治療法もわからない。このまま徐々に視界が狭まり、やがて完全に視力を失うだろう――。放たれた言葉はどこか遠く聞こえて。すぐにその意味を理解できなかった。否、理解することを拒んだ。けれど、絶望はじわじわと身体を蝕んで、心臓を捕まれるような怖気が襲う。呼吸の仕方が分からなくなって、息苦しさにようやく、それがぬぐい去れない現実だと思い知る。
どうして。どうして。
そればかり思った。
どうして僕が、こんなめに?
『あなたの才能を、私にみせてね』
かつて掛けられた、母の期待が思い出された。
蜜のように甘い笑み。情熱の眼差し。僕はそれに応えなければならないのに。こんなところで、躓いてはいられないのに。誰もが認め、母を満足させられる。僕だけの才能を示さなければならないのに!
「そう」
報告を聞いた母の瞳が陰る。
急激に温度をなくし、冷え切っていく。
「なら、もう良いわ。瑕のついた才能は必要ない」
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