20.暁に綴じたファンタジア

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 ◆  視界が眩んだ。  心を頑なにしたまま、いくつかの季節がすぎた頃だった。  高熱で白んだ世界がぐにゃぐにゃに歪む。酷いめまいに、頭痛と吐き気。何度も意識が遠のき、取り戻しては苦痛にあえぐ。数週間寝込んで、ようやく症状は落ち着いたが。病魔は大きなほころびをひとつ、残していった。  熱は下がった。体調も悪くない。身体も自由に動かせるし、音もしっかりと聞こえる。声にだって異常はない。けれど、見える世界だけがどうしてか朧気だった。  どれだけ瞼をしっかり開いても、フィルターがかかったように、世界が遠い白くもやがかかったようで、定まらない焦点。色彩は映るのに輪郭は曖昧で。水を垂らした水彩画のよう。はじめの頃は、目を凝らせばなんとか確認できたものの、日が経つに連れ境界は融けててわからなくなってゆく。 「心して、聴いてください」  そんな言葉から続いた医師の宣告は、かろうじて残った色に黒い絶望を落としていった。 「近い将来、その眼は完全に視えなくなるでしょう」  病の原因は不明、治療法もわからない。このまま徐々に視界が狭まり、やがて完全に視力を失うだろう――。放たれた言葉はどこか遠く聞こえて。すぐにその意味を理解できなかった。否、理解することを拒んだ。けれど、絶望はじわじわと身体を蝕んで、心臓を捕まれるような怖気が襲う。呼吸の仕方が分からなくなって、息苦しさにようやく、それがぬぐい去れない現実だと思い知る。  どうして。どうして。  そればかり思った。  どうして僕が、こんなめに? 『あなたの才能を、私にみせてね』  かつて掛けられた、母の期待が思い出された。  蜜のように甘い笑み。情熱の眼差し。僕はそれに応えなければならないのに。こんなところで、躓いてはいられないのに。誰もが認め、母を満足させられる。僕だけの才能を示さなければならないのに! 「そう」  報告を聞いた母の瞳が陰る。  急激に温度をなくし、冷え切っていく。 「なら、もう良いわ。瑕のついた才能は必要ない」
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