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白い煉瓦の道を無心で辿っていたせいか、気がつくと少女は町の中心からは外れた林道に立っていた。周囲に家らしい家はなく、人の気配も感じられない。
道路が舗装されていることから、人の往来がないわけでは無いだろう。煉瓦の小路は林道のずっと奥へと続いている。その果てになにが有るのか、薄暗い道の先は少女のいる場所からはわからない。
この先にも人が住んでいる可能性はある。彼女を受け入れてくれる場所があるかもしれない。そう思いはすれど、進めば進むほど日の光は閉ざされ、鬱蒼とした世界が広がっているのだ。そのわずかな可能性だけを頼りに林の中を進んでいくことは躊躇われた。遠くで鳴く鳥の声が夕闇の訪れを告げる。
――やっぱり町に戻ろう。
元来た道を引き換えそうと踵を返す。その瞬間。
「――?」
『音』が聴こえる。
小さな、零れ落ちるような音色。
しかし確かに紡がれている、それは旋律だった。
「ピアノの音……?」
やさしく、澄み切った心地よい音色。まるで語りかけるように、少女の胸の奥に染み渡る。
はじめて聴く歌、けれど不思議な感覚がわき上がる。
――この音色、どこかで聴いたことがあるような……?
何故だろう、なぜかとても懐かしいような。あたたかい気持ちが少女の中に芽生えた。
音は道の先から聴こえてくる。弾かれたように、導かれるように、少女は歩みを進めていた。
煉瓦道を進むにつれ、歌うような旋律は大きさを増す。近づいている、高まる心音。
一体誰が、こんな綺麗な音色を奏でているのだろう。好奇心が少女をかきたてる。
突然に視界が開ける。そこには小さな湖があった。射し込む夕日が水面に反射してきらきらとまぶしい。美しさを感じる景色の中、一際目を引いたのは湖畔に寄り添うようにたたずむ一軒の大屋敷。綺麗に飾られた真白な外装が風景に溶け込んで調和を生んでいた。
「わあ………」
絵画のようだ。少女はそんな風景に目を輝かせる。鳴り響くピアノの旋律と風景が織り成すそれは、ひとつの完成された世界だった。
どうやら、旋律はあの屋敷から聴こえてくるようだ。
このメロディを紡ぐ人間が、あそこにいる。
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