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長らく人の立ち寄っていなかった部屋は埃っぽかった。その中に混じって、紙とインクのにおいがする。もしかしたら、ラグが使っていたときからろくに掃除などされていなかったのかもしれない。電気をつけて、目に飛び込んできた光景に圧倒される。
うずたかく積まれた本と書類の山。部屋中に溢れる紙、紙、紙。床も壁も天井も全て紙でできているのではないかと錯覚するほど、部屋は紙で満ちていた。
真ん中に大きな長方形のテーブル。東側の壁に面して作用業の机が置かれている。そのいずれも、山のように紙類が積まれ、乗り切らず溢れたものが床にまで雪崩れ及んでいる。仮眠用だろうか、部屋の隅に追いやられるようにしてベッドが置かれていたが、その上にも本が積み重なっており本来の役目をきちんと果たせていたのかは疑問である。
壁には書き込まれて真っ黒になった地図。その他にも文章やイラスト、切り抜かれた新聞記事や四方を埋め尽くすように貼られている。部屋一面、所狭しと並ぶ全てはラグがこれまでに調べ集めた情報なのだろう。
窓を開けて外の空気をとり入れる。冬の冷たい外気が流れ込み、机に置かれた紙の数枚を攫う。床に落ちたそれを拾って、なんとなく目を通してみる。知らない町で起こった、知らない人間達の事件や日常。それらを詳細に切り取ってかかれた記事だ。これもおそらくはラグが書いたもの。世界中を回る彼の目で見て、彼の心を通して書かれた文章。ラグの情熱が脳裏に蘇る。彼の魂が込められたこれらはすべてラグの生きてきた証そのものなのだ。
ぽたり、滴が垂れて紙に書かれた文字が滲んだ。
外から雪が舞い込んできたのだろうか。しかし再び、滲んだ文字に重なるようにしてぽたりと落ちる。そしてようやく、落ちてきたそれが自分の瞳からこぼれるものだと気付いた。自分は泣いているのだ。気付いたとたん、ぼろぼろと溢れ出す。
未だ帰らぬ彼が生きているのか、死んでいるのか。真実はもはや知り得ぬことだった。そんなはどうでも良かった。ただ、恋しかった。もう一度会いたかった。ラグだけではない。ルバートも、子分達も。皆が当たり前のように側にいた、あの日々が恋しくてしかたがない。叶うことならばもう一度、戻りたかった。
しかしそれは叶わぬ願いだ。わかっている。泣いていても仕方がない。服の袖で涙を拭って、再び記事に目を落とす。ラグが書き記したものだ。すべて読みたいと思ったが、一朝一夕ではけして読み切れない量だった。後日改めて続きを読もう。そう決めて、机の上に戻す。
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