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それから改めて周囲に目を向けると、作業机の上には万年筆やらインクやら、彼が愛用していた筆記用具たちが置かれていた。雑多に散らばった紙類とは異なり、仕切のついたケースにきちんと整頓されている。気分によって変えていたのだろうか、さまざまな色や太さ、書き味の物がある。それらの隣には、分厚い背表紙の本が並ぶ。辞典のようだ。赤や青の背表紙で綴じられたカラフルな列の中から一つをとる。ずっしりとした重さを感じつつ、ぱらりとめくってみた。小さい字がぎっしりと並んでいて、見るだけで目がチカチカした。それでも、じっくりと見つめればそれら一つ一つの意味が手に取るようにわかる感慨に、目の奥が再び熱くなった。
静かに本を閉じ、熱が引くのを待って、考える。鳩はどうしてこの部屋の鍵を届けたのだろうか。彼をここに遣わしたのはおそらくラグだ。彼は何かの意図をもって、わたしをここまで導いたのだろう。
いったい何のために。知る由もない。鍵だけ送ってあとは考えろと言うのも強引な話だ。人に何かをして欲しいなら、きちんとわかりやすく意図を伝えるべきではないか。次第に腹が立ってきたが、直接文句を言うことはできない。とりあえず手がかりになるものはないか、目に付くものからとりあえず適当に漁り始める。難題を押しつけられたのだ。多少散らかすくらいは許されるだろう。
机の上、引き出しの中。手当たり次第にかき回して。それは案外すぐに見つかった。
『見るな!』
あからさまな真っ赤な太文字だ。それは極限まで書類を詰め込まれ、大きく膨れ上がった茶封筒に記されていた。言葉とは裏腹に見つけてくれと言わんばかり。
筆跡は間違いなくラグのもの。「入るな」と言われていた部屋へと導かれているのだ。「見るな」もすなわち「見ろ」ということに違いない。それに「見るな」といわれれば見たくなるのが人の性。そして、わたしは盗賊だ。なおのことそそられる。万が一本当に見せたくないものだったとしたら……きちんと隠しておかなかったラグが悪い。
そういうわけで、迷いなく中身を取り出す。
出てきたのは小さな黒革の手帳。メモ書きと似顔絵、そして書きかけの原稿用紙だった。おそらくはすべてラグの手によるものだろうが、手帳だけは間違いないと確信できる。これはラグが愛用していたものだ。気になること、おもしろいこと。ネタになりそうなものを見つけたとき、彼はにやにやしながらこの手帳を開いていた。長年の使い込みによって革表紙はくたくた、帳面もぱんぱんに膨らんでいる。
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