28.テンポ・ルバート

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 常日頃肌身離さず持ち歩いていた手帳だ。てっきり今も彼とともにあると思っていたのだが、ここに残していたとは。そう思うとともに、漠然と感じていた予感が、はっきりとした確信に変わる。間違いない。ラグはわたしに何かを伝えようとしている。そしてそれは、「ここ」に記されている。  手帳を持つ手がふるえた。掌ににじんだ汗を服で拭って、意を決して表紙を開く。中はびっしりと記された文字によって真っ黒に染まっていた。ぱらぱらと数枚めくり、記された文字を読む。書いてあるのはどこか遠い町の知らない出来事。おそらくは彼が見聞きしたのであろう真実たち。近くの農場で羊の赤ちゃんが産まれる。といったものから、そこそこ大きな都市の市長の闇取引の証拠など……彼がこれまで記事として書き上げてきた記録だ。どれも興味を引く事柄ではあったが、今はさほど重要とは思えない。  さらにページを送り、付箋紙が貼ってあるページで手を止める。  あの日のことが記されていた。  心臓が跳ねた。一拍、呼吸が止まる。掌がさらに大きくふるえた。揺らぐ心を落ち着かせるように、目を閉じて呼吸を繰り返す。  あの日――ルバートの命を奪った事故。あまり思い出したい記憶ではない。時とともに少しずつ現実を受け入れられるようにはなった。けれど、やはり。真正面から向き合うことは、まだ恐ろしかった。  だが、ここにラグが伝えたい「何か」が記されているのだとしたら。目を伏せていてはいられない。しっかりと見つめて、受け止めなくてはならない。  再び手帳に目をやって、震える手つきでページをめくる。  そこに記されていたのはあの日起きた事故のこと。  そして、ラグが必死で調べ上げ突き止めた真実の欠片だった。
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