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さらに調べをすすめてわかったことだが、後にも先にも、この場所で露店が開かれていたことはなかった。店主についても調べたが、その痕跡はたどれなかった。誰に聞いても、店主の姿や人となりを知る人はいなかった。その日限りの屋台、正体不明の店主。見るからに怪しい。まるで、この日のために用意されたもののようではないか。
――まるで、ルバートの足を止める。そのためだけに。
「――ちょっと待って」
手帳を読むのを止めて、思わず声が出る。誰に言うでもない制止の声が、夜の中に響いた。思考が追いつかない。ラグの言葉を疑うつもりはない。彼が真実にかける情熱を知っているから。しかし、簡単には飲み込めなかった。
ルバートは盗賊であった。足を洗ったとはいえ真っ当ではなかったその生き方は誰かの恨みを買うこともあるだろう。しかし、なぜこんな回りくどい方法をとる必要があるのだろうか。彼女に恨みがあるのなら、直接彼女を狙えばいい。無関係なマーブルを利用してまで事故を装う必要はないはずだ。仮にマーブルの事故が何者かの手によるものだったとしても、それはあくまでマーブル自身を狙ったものであるはず。ルバートにまで結びつけるのは少々強引ではないか……。
しかし、冷静に努めようとする思考は、そうすればするほどに、相反する可能性を膨らませていく。
自身の記憶をたどっても、市場へ向かうあの道に子供向けの露店が出されていたことは一度もない。では、なぜあの日、よりにもよって事故の日にそんなものが開かれていたのか。朝市の日のルバートの習慣を知っていれば、タイミングを合わせることはけして不可能はない。そのうえで、彼女の足を止めることができたなら成功率は格段に上がる。そいつは知っていたのだ。ルバートが子供を守ろうとすることを。彼女の意識を向けるために、自ら進んで脅威の前に誘い込むように。その心を利用して。
「ルバートは……殺された……?」
それはあくまで一つの可能性にすぎない。だが、言葉として形をもった途端に現実味を帯びたように感じられた。
悪魔のような企みによってルバートは殺された。そうだとしたら、誰が、一体、何のために。
ラグの言葉はこう続く。
――しかし、誰がこの事故の真相に至れるのだろう。警察が断じた事故の結論に世間は納得して、それ以上を追求することはない。すべてはルバートを殺すためだったと語ったとして、誰がそれを本気にするだろうか。考えすぎて頭がおかしくなったのだと、哀れみとともに一蹴されて、それでしまいだ。
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