29.月影オーバーチュア

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「言ったでしょう、ラグの記事に嘘はない。それを裏付けるかのように、犯人が処刑された後も、似たような不審死は続いた。再び首都で起こった事件を皮切りに、その被害はますます増えていった。首都だけにとどまらず、次第に範囲は広がっていった」  ミレイは懐から古びた手帳を取り出した。ぼろぼろになった黒皮の表紙、使い込まれ膨れ上がったページの束。ラグが残したという手帳だと一目でわかった。おもむろに表紙を開き、こちらへと差し出す。びっしりと文字が書き込まれたページは真っ黒に染まっていたが、注意深く見れば内容が読みとれそうだ。  一面を染める文字の羅列はどうやら人名であるらしかった。日付に続いて名前と、性別、そして年齢、職業と言った個人情報。一人二人ではない、何十人もの情報が何ページにも及んで書き連なっていた。個を表すデータに続く形で矢印が引かれている。それはまた別の名前であったり、×印であったり。きっちりと整列した前述の情報に比べて、簡略かつ規則性がない。一見しただけでは何のことかさっぱりわからない。しかし、前後の話の流れから、これらの意味するところは何となく察せらた。   「これは……その被害者のリストか?」  言うにはばかられる事実をイクシードは端的に告げた。その一方で青ざめ血の気が引いた顔色は、彼もまたこれらが単なる文字の羅列として見ているのではなく、その奥にある目を覆いたくなるほどのおぞましい現実を目の当たりにしていることを示していた。 「その通り。ここに記された人たちは皆、謎の不審死を遂げている。性別や年齢、職業もバラバラ。事件であったり、事故であったり死因はさまざま。でも、ただひとつ共通点がある。被害を与えた側の人間がすでに死んでいるか行方不明。もしくは事件自体が未解決ということ」 「待て、それって……ルバートさんの事故の時と……」 「似てるでしょう。ちなみに言えば、これらの事件の捜査を警察が早々に打ち切ったということもね」 「……もしかして、警察も信用できないのか? 彼らが隠蔽を手伝っている……?」 「そう。理由はわからないけれど、これら一連の殺人は警察もグルだと考えていい。警察は真犯人と結託して、事実をねじ曲げ、無関係の人間を犯人に仕立て上げる。警察が味方なのだとしたら、真犯人に疑いの目が向かないのも当然よね」   「なぜ警察は協力する?」
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