29.月影オーバーチュア

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「当初こそ芸術家の被害者が多かったけれど、次第に汚職に手を染めた政治家や警察官、過激な活動家なんかが増えていった。おそらくは警察にとっても不都合な人間たちなんでしょうね。最初の事件の時、何らかの要因でもってアイザックは警察と協力関係を結んだ。彼が、彼らや社会にとって害をなすであろう人間を葬る代わりに、警察はその罪を不問としている」 「なんだよそれ……」 「なかなか信じがたいわよね。でも、実際に起きてしまっている。そして今も誰にも知られることなく犠牲者は増えている……。彼らの手口が陰湿なのは、全く関係のない人間まで利用するということ。そして、その人間にすべての罪を着せて最後は殺してしまう。その口を封じるために。だからこそ、アイザックは犯行の手を広めながらも、自分のアリバイを証明できる。自分たちは泥をかぶることなく、潔白を保っている。……そしてもっとも許せないこと。彼らは、自分たちの潔白を守るために必死なのよ。秘密を知ったものに容赦はしない」 「じゃあ……ルバートさんが殺された理由っていうのは」 「ええ。下調べのためにバルフリーディアに近づいた彼女は、おそらくその時、奴らの秘密の一端に触れてしまった。現場を目撃したのか、話を聞いてしまったのか……不運にも彼女は、知ってはならないことを知ってしまった。そして、そんな彼女を奴らは許さなかった。執拗に追いかけて、最後は事故に見せかけて……」  つとめて淡々と事実を語っていたミレイの声は、その時だけは感情を抑えきれず。次第に震え、弱まり、最期はほとんど聞き取れなかった。  ルバートはおそらく、自分を襲うであろう危険に子分達を巻き込むことのないように盗賊団を解散したのだ。それでも。幼かった双子達のことは放っておけなかった。だからこそ、ひっそりと目立たぬように。堅実に日々を過ごすことで少しでも長く平穏が続くよう、祈るように生きていたのだ。  なんてことだろう。身勝手な理由で多くの人たちの命を奪って、さらにはその秘密を知った人さえ殺してしまう? そんな非道いことがあっていいはずがない。そんなものによって、ささやかで尊い幸せが奪わるなんて、けして許されないことだ。
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