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20.暁に綴じたファンタジア
吹き荒れた怒濤の嵐はどこへやら。雲一つない快晴から降り注ぐ穏やかな日差しが心地よい。
シルヴィアとともにやってきた山のような家財も綺麗さっぱり回収され、ようやくいつもの日常がミララの元に帰ってきた。
嵐のさなかに居たときは速く過ぎ去れと思っていたのに。不思議なもので、一人居なくなり、広くなった屋敷の静寂がとたんに物足りなさを感じさせる。シルヴィアのもたらした日々がそれほどまでに濃厚なものだったということだろう。
いろいろと大変だったけれど、楽しくはあった。振り返れば悪くなかったと思える。たまになら、また遊びにきてくれてもいいかもしれない。そんなことを思いながら、ミララは久方ぶりにトラブルなく家事仕事を片づけていた。
「少し良いでしょうか」
後ろから呼ばれてミララは振り返る。声の主はセージだった。
ここのところ作曲の仕事部屋にこもりきりだった彼と、昼間のこの時間に顔を合わせるのは久し振りだった。
嬉しく思う。それとともにミララは思い出す。
『負けませんから!』
あのとき思わずシルヴィアに対して放ってしまった一言。
時間が経ち冷静になればなるほど、どうしてあんなことを言ってしまったのだろうと頭を抱える。
シルヴィアは心からセージのことを想い、恋い慕っている。
そんな彼女に対して、ミララ自身の思いは中途半端で宙ぶらりんだ。セージのことは好きだし、このまま側に居たいと思う。しかしそれはきっと、シルヴィアが彼に向ける純然たる恋慕とは別の感情だ。
思い出した大切な記憶とともに、胸の奥はずっと違う人の面影に焦がれている。
そんな状態で、どうしてシルヴィアの想いとぶつかり合うことができるだろう。ひたむきで迷いのない彼女の情熱に対して、こちらは心すら定まらない半端者の我が儘。同じ土俵に立とうというのはあまりにも失礼だ。
身を引くべきは自分のほうだと、誰もがそう思うだろし、自分自身でもそう思う。
「ミララ、どうかしましたか?」
もう一度名前を呼ばれてはっとする。
「ううん、なんでもないの! お仕事、落ち着いたの?」
考えるのはここまでだ。ミララは彼の方を振り返って駆け寄る。
「ええ、依頼された分はすべて終わりました」
「よかった、お疲れさま」
「ありがとうございます」
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