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僕と鈴香
古びた賽銭箱に五円玉を落とすと、乾いた木の音だけが寂しく響いた。僕達は久々の参拝客らしい。
今までどれくらいの人が願い事をして来たのだろう。この寂れた神社の神様は、どんな人々の願いを叶えてきたのだろうか。
僕は隣で願い事をする鈴香を横目に、そんなことを考えていた。
彼女は、一体何を願っているのだろう。
境内に立つ大きな銀杏の木は、僕達に影を落としていた。
秋風に揺れ、ざわつく葉の隙間から差し込む光が彼女の頬を照らすと、それは僕の胸を締め付けた。
「何をお願いしたの?」
「それは……内緒です」
願い事を終えた彼女が少し頬を赤く染めたのは、秋の気候のせいだろうか。しかし僕の目には、足元に散らばる落ち葉のように儚く映った。
僕の足元から、色付いた落ち葉が一枚、風に吹かれて飛ばされる。目で追えば、それは枯葉で埋め尽くされた地面に溶けて、僕はそれを見失う。
一枚、また一枚と、僕は見失う。
僕はそれが虚しくて、哀しくて、それでも見続けてしまう。やがて、それが僕達の行く末のように思えて来ると、抑えきれない感情が僕を支配した。
僕は、鈴香を抱きしめた。
「……願い事、叶いました」
僕の胸元で嬉しそうに彼女は囁いた。
僕は罪悪感と安堵の気持ちに身を委ね、一層強く彼女を抱きしめた。こんな関係を続け、もうすぐ一年が経とうとしている。
彼女は独り身の女性、僕は家庭を持つ社会人だ。
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