社会人時代

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社会人時代

約束の10分前に、待ち合わせた店で私の前に座ったのは 彼氏ではなく一人の女性だった。 しかも私を睨みつけていた。 今日会おうとラインしてきたのは圭吾の筈だ。 大体、私はこの人とラインの繋がりどころか面識すらない。 「圭吾は来ないわよ」 どうして圭吾を知っているのだろうか。 そして呼び捨てにするのはどうしてだろうか。 いつかの既視感と緊張感がハンバない。 このシチュエーション何回目なの。 今度は本当の話なのだろうか またフェイクニュースなのか わからないから何も言い返せない 「彼があなたともう会いたくないっていうから私が断りに来たの どうしてかっていうのは(私を)見ればわかるわよね」 改めて彼女をみた。 すごく美人。 お化粧もドラマチックにバッチリ決まっている。 目元はベージュとブラウン系の多層構造だし、唇は間違えようもない位限りなくレッドだし、鼻筋や顎や頬やあちこちから鉱石を発掘出来る位ハイライトがキラキラ光ってる。 チークの陰影も効果絶大。 勿論眉は女優眉だしまつ毛はふさふさだ。 ピアスやネックレスは大きくて重量感がハンバ無い。他人事ながら支えている耳や首の心配をしてしまう。 「あの人優しいからあなたの事、裏切れないのよね」 晒された耳元から深くVにカットが入った胸まで肌が惜しげもなくさらされていて そこから漂うフェロモンには女の私でもくらっとする。 それと男女問わず綺麗な人共通のポイント、めっちゃいい匂い。 近づくとふんわりと高級な香水の香りがこんな時なのに気持ちを癒やしてくれる。 皮肉にもこの癒やしが、過大なストレスと一緒になって同じ人間からもたらされている。 そう思ったらこの極度の緊張状態でも笑える。 「あなたもさっさとあなたにふさわしい恋人を見つけなさい」 私の風呂上がりの石鹸の匂いぐらいでは何の武器にもならないな。 いや今仕事上がりだからお風呂入ったの20時間近く前だし。 絶対石鹸の香りなんかしない。 駄目だこりゃ。 「ちょっと人の話聞いてるの?」 私にこれと戦えというのか圭吾? 無理でしょう。 有利なアイテム一つもないし。 こういうのって本当に困る。 そうやって『ヘビに睨まれたカエル』ということわざの実写版をしばらく店内で晒している間に電話が鳴った。 救いの神(たぶん圭吾)からの電話だ。 でもこの修羅場で睨まれてると携帯を鞄から出すことすらしにくい。 電話に出たいのにそれも出来ない。 しかしふと思いなおす。 この人よく人を躊躇なく悪者扱い出来るよね。 自分が間違っていた場合とかどうするのかな。 美人ってそれだけで正義なの? 今度は彼女の方の電話がなった。 彼女はバッグから取り出して電話の先を確認するとすぐに通話ボタンを押した。 私の時は睨みを効かせていたくせに 自分はさっさと電話に出る訳。 ちょっとメラッて心の中で炎が燃える。 彼女は電話に出た途端、本気なのか、ポーズなのかわからないがすごく艶やかな笑顔になった。 「はい、お疲れ様です、今ですか、近くにいます…はい、そうですが」 少し怪訝そうな顔になる。 「えっ」 そういう彼女の声と同時に向こうから誰かが走ってくる姿が見えた。 圭吾だ。 彼女がビクッと震えたがまた元の通りになる。 圭吾は目の前に来ると持っていた携帯の通話を切ったのだろう か、話し始めた。 「足立さん、先程至急必要とされていた数字の件ですが」 彼女は足立さんというのね。 「調べてすぐに貴社にお電話しましたが、もう退社されたと聞きまして、失礼かとは思いましたが携帯にお電話させていただきました」 圭吾、肩で息をしている。 ずっと走ってたんだね。 「わざわざありがとうございます、助かりますわ」 足立さんはにっこりと微笑むと圭吾に近づいた。 「しかしながら」 息をついて顔を上げた圭吾の顔は怒っていた。 これは社交辞令の仮面をかなりズラして本気で怒ってる。 「今日中に取引先に連絡したいからとおっしゃっていながら、帰社されていて、しかも私と恋人の待ち合わせ場所にいらっしゃる理由がわかりませんね」 「あなたが遅れていらっしゃるのをこの方にお伝えしようと思いましたの、わたしが無理なお願いをしたせいですから」 さっき、『圭吾は来ない』って言ってたよね、足立さん 「あなたにそこまでしていただく必要はありません」 きっぱりと圭吾は言った。 「というよりもこれ以上、私の個人的な事に関わっていただきたくありません」 「ひどい…そんな風におっしゃるなんて…あなたは彼女に騙されてるのに」 えええっ! まだこの話、展開するの? 何したの、私 目じりをブランドのハンカチで抑えながら足立さんは続けた。 「私、実はこの方に呼び出されたんです、あなたに気付かれないようにここに来るように言われて」 すごい、自分で作った設定を自分で破壊したよ。 めっちゃ辻褄合わない。 彼女今までこれでよくやってこれたな。 ないてるけどこの涙って本物なのかな。 いやまあ、目薬さしてる暇は勿論なかったんだけど。 「私、脅されたんです、あなたに近づくなって、私の存在が邪魔だって」 圭吾はため息をついた。 「彼女がそうしてくれた方が僕には都合がいいんですけどね」 圭吾の言葉が聞こえなかったのか足立さんは言葉を続けた。 「脅すなんて人としてどうかと思いませんか…私すごく怖かった」 「足立さん、申し訳ないが、彼女はあなたの存在は知りもしませんよ 彼女といる時にあなたの話はした事もありません せっかくのデートの時間なのに そんなの時間が勿体ないじゃないですか」 足立さんの顔が無表情になる。 「そういう見え透いた嘘を今まで僕は散々見てきたんですよ、 あなたもそういう演技を何度も重ねてきたんでしょう」 圭吾は私を見た。 「僕の側にいるというだけで、あなたみたいなのに彼女は何度も振り回されてるんだ」 怒りが言葉からにじみ出ている。 「昔からあなたのようなタイプは嫌いなんです、あなたとは必要以上関わりたくない 手はこちらからも打ちますがあなたも自分から担当を離れて下さい」 「そんなこと理由なく出来る訳ないじゃない」 とうとう圭吾は切れた。 「理由は今ここにあるだろう、足立、お前いい加減にしろよ、脅しではなく正当な理由で上司に話つけといてやるからもう俺の前に現れんな」 行こう、と圭吾は私を促した。 店の外へ出る時足立さんを見たら茫然として椅子に座っていた。 足立さんから出る素敵な香りに彼女自身が癒やされる事を祈った。 「ほんとごめん」 「今回は…」 「違うに決まってるだろ」 まあ、あんだけ彼女にたんか切ってるからそうだろうなあ。 「浮気も…」 「する訳ねぇだろ、あんなブス」 いや外見はめっちゃ綺麗だろう。 まあ学生時代からああいうタイプ嫌いだったもんね。 裏表ありそうな人。 「打合せに必要ないのに上司についてきて、更に飯誘ってくるから今からデートで待ち合わせてしてるからって断ったんだよ、そしたら急に訳わからん仕事押しつけて来てさ。 お前に遅れるって電話しても出ないし あの女は今日中にとか言ってたくせに帰ったっていうし、まさかと思ったよ」 そうそのまさかだよ。 昔から圭吾はモテた。 高校時代からやりたい放題、言いたい放題だった。 今も変わらず、というか年々男っぷりが上がってきてる気がする。 私も弱くなったなあ。 昔は圭吾にわけわかんない女がついても全然気にしなかったのに。 高校の時は友達だったし、大学の時なんだってさ、こういうシチュエーションにはガンガン文句言ってたのに。 なんで私こんなに打たれ弱くなったのだろう。 (次回、大学生時代に逆行します)
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