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プロローグ 勇者の敗北
────彼は胸を穿たれて。
対峙する少女の小さな手が、その心臓を鷲掴みにする。
「あはははは! どうやら私の勝ちみたいだね、お兄ちゃん!」
「ケケケケケ! ざまぁねぇなぁ、勇者サマよぉ?」
楽しそうに笑う少女。
その傍らでパタパタと羽ばたく使い魔が嘲りの言葉を投げた。
そこは広大なダンジョンの最深部。
大地の半分を飲み込んだ魔宮群の中で最高難度を誇る6つの魔宮の中の1つ。
床から天井、壁や柱に至るまで全てが骨で構築された異形の迷宮の最奥だった。
ダンジョンを構成する骨は呪詛を湛えて真っ黒に染まっていて。
魔宮全体がその主と使い魔に続いてカラカラと嗤い声をこだませる。
魔宮の主である魔人の少女は黒のワンピースを身に纏い、銀色の髪を腰まで伸ばしていた。
少女の瞳は赤い。
血のように赤い。
その双眸から溢れ出る同じく血のように赤い輝き。
それは彼女が喰らってきた幾万もの命の怨嗟と慟哭が逆巻いているような禍々しさを孕んでいる。
その傍らを旋回している使い魔は獣の頭蓋骨を被ったカラスのような風貌で、額に第3の瞳があった。
最凶の魔宮の主である少女の名は【黒骨の魔王】ネバロ・キクカ。
彼女は恍惚として表情でその手の中の肉塊を玩ぶ。
その様子を嬉々として見つめる使い魔アムドゥス。
ぎゅっと心臓を握り締められ、少年──ディアスの顔が苦悶に歪んだ。
流れ出る自身の血潮の熱と、冷たい小さな手のひらの感触とをその胸の奥に感じる。
ディアスの真っ白な外套は胸元からみるみる赤く染まり、その灰色の髪にも血が飛んでいた。
その足元では滴り落ちる彼の血を、折り重なった黒骨がズルズルと美味そうに啜っている。
そしてディアスの両手に握られていた剣がその手から滑り落ちた。
同時に彼の周囲に浮かんでいた大小合わせて8つの──計10本の剣が落下し、乾いた音を響かせる。
ディアスは今いる広間の出入口とその先の通路に視線を向けた。
その通路の先にはまだ、必死に逃走する彼のパーティーメンバーの姿があって。
最後尾を走る少年と少女が振り返り、ディアスと目が合う。
「ケケケケ、どうしたぁ? お前さんを置いて逃げるお仲間に助けでも求めるかぁ? 今ならまだ声も届くだろうぜぇ、ケケケケケ!」
ディアスの視線を追い、通路へと目を向けたアムドゥスが言った。
ディアスの周囲をぐるぐると旋回しながら嘲笑う。
「それは、駄目だ」
ディアスがアムドゥスに答えた。
次いでネバロに視線を戻して。
「戻ってきても、みんな死ぬだけだ」
ディアスは目の前の少女の形をした怪物を見て言った。
「ケケ、自己犠牲ってやつかぁ? お仲間を盾にすればお前さんだけなら助かったかも知れねぇのになぁ。さすがは勇者サマ」
「それにしてもお兄ちゃんのお友達も薄情だよね。お兄ちゃんがやられたらすぐに逃げ出すなんて」
ネバロが言った。
今も通路を走るディアスのパーティーを、その赤の瞳で横目見る。
凝視する。
その瞳に必死に逃げる彼らの姿が映り込む。
ディアスはネバロの発した『友達』という言葉に、その瞳の陰りを一層深くして。
「…………俺に友達なんていないよ。友達だと思ってた人達はみんな俺が落ちこぼれだと分かると俺を仲間外れにした。必死に頑張っても馬鹿にされる」
ディアスは無感情に淡々と呟いた。
「だからみんなとも仲良くする気なんてなかった。どうせできないから。友達じゃない。仲間じゃない。魔宮を拡げ、人を喰らう魔人を討つ。そのためだけに『みんな』と『俺』は行動を共にしていただけだ」
「ケケ、なるほどなるほど。そりゃあっさり見捨てられるわけだなぁ! お前さんは仮にも勇者サマだ。それなりに努力もしただろうに、肩書きだけで仲間も慕ってくれる人間もいない。可哀想で涙が出てくるぜぇ、ケケケケケ!」
「アムドゥス、あんまり虐めちゃかわいそうだよ」
ディアスを嘲笑うアムドゥス。
ネバロはそんなアムドゥスをたしなめて。
次いで彼女はディアスの胸から手を引き抜いた。
その真っ赤に染まった手をペロッと舐める。
アムドゥスはケケケと意地悪く笑うとディアスへと接近。
バサバサと翼を羽ばたかせながらディアスの顔を覗き込む。
その視線の先には生気を失っていく土気色の顔。
────だが、その瞳の奥には未だに強い意志の光が灯っていた。
ディアスは今も通路を逃げるパーティーの姿を確認して。
彼らを助けるために己を奮い立たせた。
ギリッと歯ぎしりの音。
そして振り絞るようにディアスが叫ぶ。
「『その刃、暴虐の嵐となりて』……!!」
彼に呼応して舞い上がる10の剣。
迸る閃光。
輝く剣はディアスの周囲を高速旋回し、辺り一帯を切り刻む。
「あわわわわわっ!?」
迫り来る刃を前に、慌てて飛び退くアムドゥス。
「あはっ」
ネバロが嬉しそうに笑う。
その顔が、狂気に歪む。
と同時に彼女は後ろに跳んで。
「阻め『呪われし骨、優しく抱いて』」
ネバロの呟きと共に床が隆起。
黒い骨がより合わさって壁となり、ディアスの攻撃を防ぐ。
だが剣の乱舞の勢いは衰えない。
自身の操る剣の巻き起こす突風に、赤く染まった外套を揺らして。
ディアスは悠然と前に踏み出した。
旋回する10の刃は行く手を阻む骨を刻むたび、それらを魔力に変換していた。
ディアスはその旋回する剣の中から2つを手に取る。
「ソードアーツ────」
ディアスはその剣に滾る魔力を解き放って。
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